山口家住宅

山口家住宅

大阪市浪速区の恵美須町駅から堺市西区の浜寺駅前停留場までを結んでいる阪堺電気軌道の阪堺線綾ノ町停留場から徒歩約4分、紀州街道から路地を一本入った場所に山口家住宅はある。現在、堺市立町家歴史館となっているこの山口家住宅は、1615年の大坂夏の陣で市街地が焼け野原となった後、1618年に建築された町家だ。大阪はもとより、国内でも数少ない現存する江戸時代初期に作られた町家として国の重要文化財にも指定されている建物だ。

山口家は、江戸時代に近隣の農村の庄屋を務めた家柄で、奉行所と町方、村方をつなぐ役割も担っていた。切妻造、妻入、本瓦葺の外観、立派な梁が渡された土間、炉の切られた茶室、床の間のある奥座敷、次の間、南の間、土蔵と、江戸時代の堺の豊かな人々の暮らしをうかがうことの出来る建築。金に糸目をつけずに衣服や飲食に贅沢する「京の着倒れ 大坂の食い倒れ」に「堺の建て倒れ」ともいわれた堺の人々は家屋に金をかけることを惜しまなかったといい、この山口家住宅にも随所にその贅を凝らした箇所を見ることができる。

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立派な梁が渡された土間。5つの釜が入るかまどのある台所、右手には井戸へと続く扉、左手に畳敷きの部屋が三部屋並ぶ。

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西座敷
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南の間

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茶室

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奥座敷

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井戸
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北土蔵
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