鳥取城跡

鳥取城跡

山陰本線鳥取駅から北東方向へ約2キロメートルの場所にある鳥取城跡は、標高263メートルの久松山に築かれた城。天文年間(1532年-1555年)に但馬山名氏により築かれたといわれる城で、久松山の地形を巧みに利用して築かれている山城だ。1581年(天正9年)に行われた豊臣秀吉による苛烈な兵糧攻めにより、城内に逃げ込んだ農民らを含む多数の犠牲者を出した鳥取城攻略戦で知られている。

山頂部分に中世の城郭遺構である本丸(山上の丸)、山麓部分に、江戸時代に鳥取藩池田氏の居城となって以降整備された二の丸、天球丸、三の丸などの遺構を残している。国指定史跡。

周辺一帯は久松公園として整備されており、市民の憩いの場となっている。特に桜の時期には、園内にある約240本のソメイヨシノが咲き乱れ、提灯が設置され、屋台が出て賑わいを見せる。

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