荒木経惟インスタントフィルム写真展『結界』

image03

荒木経惟インスタントフィルム写真展『結界』

アートスペース「AM」

 表参道と明治通りが交差する明治神宮前交差点から路地に入って1分のオフィスビル。ドアを開いた瞬間、洞窟に入り込んだかのような異空間がたち現れる。

 「AM」は、写真展を核に、時代の風を嗅ぎ分け地道に活動をつづける、さまざまなジャンルの表現者たちとのコラボレーション・プロジェクトを、多様なかたちで紹介していくことを目的として誕生した。ひとりのキュレーターと、ひとりのアートプロデューサーの、一縷の情熱によって生まれた空間を、2010年暮れから2014年春まで中目黒にて活動を行ったImpossible Project Spaceの企画スタッフが運営していく。今回、オープニング企画として、10月16日より、世界的な活躍をつづける写真家・荒木経惟氏のインスタントフィルムによる写真展「結界」を開催する。

荒木経惟インスタントフィルム写真展『結界』

 世界中の主要都市で催されるどのフォトアートフェアの会場を訪れても、日本写真界の至宝、荒木経惟の作品は、一流ギャラリーが出展するブースの、メインの壁に展示されている。90年代半ばにオーストリアからスタートし、ヨーロッパでアラーキーの名を轟かせた「akt- tokyo」展以降、常に世界のどこかで、荒木の写真展が行われ、たとえ本人が訪れなくても、そのオープニングは老若男女で活況を呈すのである。

 幼き頃、写真好きの父にもらったカメラ、イコンタから始まる写真との蜜月は、かたときも離さず彼を魅了しつづけている。北斎の画狂人ならぬ写狂人・アラーキーの瞳は「肉眼レフ」となり、間断なくシャッターを押す右手人差し指からくりひろげられる「指想」は、次々と野心作を生み出していく。

 「結界」は、インスタントフィルム作品を、鋭いカッターの刃で二つに切り裂き、ふたたび、一枚にはりあわせた作品群である。無造作に段ボール箱いっぱいに詰め込まれていた総点数は、ゆうに500点にのぼった。清と濁、幸と不幸、楽園と地獄。相反するものが、程度の差はあれ、だれにでもかならずつきまとうのが、人生である。華やかな成功と世界的な評価の一方で、直面する、身近の死、癌手術、右眼失明。大きなうねりに身をおきながら、荒木は、身のまわりにわき起こる渦のような出来事のすべてを正視し、レンズを通して受けとめてきた。それゆえに、われわれは、心にせまる切なさと、胸を打つ愛おしさを、同時に彼の写真に感じとることになるのである。酸いも甘いも抱え込まれたところから、人であれ情景であれ、あらゆる被写体に向けられたふところ深い慈しみが堰を切るように激しくあふれだしてくる。     

「結界」とは、仏教用語で、「俗界をわかち、その内側に聖域を結ぶこと」とある。写真のなかにとりこまれた物語を、いったんは、まっぷたつに切断する。断たれた二枚の断片は、聖と俗を象徴的にあらわしたものであろう。しかし、荒木は自身の手で、こんどは二枚を固く接ぎあわせるのである。両極は、ふたたびしっかりと結ばれることで、さらに複雑なカオスをつくりだし、果てしのない新たな物語をつむぎだしていく。このような発想を、作品にまとめあげていくことのできる写真家がほかに、世界中のどこにいるというのだろう。荒木の背中がますます大きく映る。「今」を疾走することによって未来を生み出す。天才アラーキー、もとい、万歳!アラーキー。

image01

荒木経惟(Nobuyoshi Araki)/1940年台東区三ノ輪に生まれる。千葉大学写真工学科卒業後、電通でカメラマンを務めていた時に、妻・陽子と出会う。71年の新婚旅行をありのままに撮影した写真集『センチメンタルな旅』と「私写真」宣言は写真界に旋風を巻き起こした。国際的に高い評価と人気を博し、主要都市の美術館や著名ギャラリーで毎年のように個展を開催。国内外の出版社から刊行された著書は500冊に迫る。2013年暮れ、突然右眼の視力を失うものの、精力的な活動を続けている。

Japan web magazine’s recommend

Share