金峯山寺 妙法殿三重塔

金峯山寺(きんぷせんじ)妙法殿三重塔

飛鳥時代から奈良時代にかけての呪術者で、修験道の開祖、山伏の元祖ともいわれる役小角(役行者)は、投入堂や天河大弁財天社、大峯山龍泉寺、本山寺など、数多くの神社仏閣や修験場の創建に関わった人物とされる。その役小角を開基とする寺院で、「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成要素の一つ「金峯山寺」は、奈良県吉野郡吉野町にある寺院。蔵王権現をご本尊とする、金峰山修験本宗(修験道)の本山だ。

その金峯山寺の本堂である蔵王堂(国宝)を正面にして、左側を見ると目に入るのが、八角形をした美しい三重塔、「金峯山寺 妙法殿三重塔」と呼ばれる建物だ。

建物そのものは、昭和に入ってから建てられたもので、刻まれた歴史や重厚な迫力などは、1592年(天正20年)に築かれた国宝の本堂や、1456年(康正2年)建立の二王門などと比べるべくもないのだが、均整のとれた美しさと周囲の風景に見事に溶け込んで醸し出す雰囲気は目を引く。

金峯山寺を訪れるほとんどの人が、二王門や蔵王堂、重要文化財である銅鳥居などを見て、こちらの妙法殿三重塔に注目する人はそれほど多くはないのだが、実は、この三重塔が建てられている地は、南北朝時代に南朝の後醍醐天皇の行宮となっていた実城寺があった場所なのである。この場所こそ、後醍醐天皇が、幽閉されていた京都を脱出、吉野吉水院を経由して移られ、そこにあった実城寺を「金輪王寺」と改名し「吉野行宮」と定められた地であり、事と次第によっては日本の歴史が大きく違っていたかもしれない、ということを思えば、俄かに重要性が増してくるのではないだろうか。

金峯山寺を訪れた際には、そんな激動の時代を頭の片隅に置きながら、是非この妙法殿三重塔にも注目し、中世の日本に思いを馳せてみてはいかがだろう。ただ「美しい」というのとはまた違う、吉野の奥深い魅力が改めて見えてくるはずだ。

撮影場所

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