吉備津神社

吉備津神社

他所ではあまり見られない「比翼入母屋造(ひよくいりもやづくり)」と呼ばれる、入母屋造の二棟を一棟に合体させた優美な建築様式の本殿で知られる吉備津神社は、岡山駅から車で25分ほど走った場所に位置する、標高175メートルほどの「吉備の中山」の山麓に鎮座している神社だ。

岡山県西部地域一帯のかつての国名「備中国」の一宮であり、同じ山の北東麓にはお隣の「備前国」の一宮「吉備津彦神社」が、さらに、広島県福山市には「備後国」一宮である「吉備津神社」が鎮座している。

「備前」「備中」「備後」という旧国名自体が日常的に使われるわけではない現代、似たような名前の国に、同じような名前の神社が鎮座していて少々紛らわしいが、これは歴史と由来を辿ると至極当然であることがわかる。

備前、備中、備後は、かつて「吉備国」と呼ばれた、現在の岡山県全域、広島県東部、香川県島嶼部、兵庫県西部にまたがって存在した「地方国家」が大化の改新後に分割された際に使われるようになったとされる呼び名であり、元々は一つの国だったエリア。さらに、吉備津神社と吉備津彦神社は共に、主祭神として、かつてこの地を治めたとされる「吉備津彦命(きびつひこのみこと)=大吉備津日子命 (おおきびつひこのみこと)」を祀っている。要は、元々一つの国の同じ神様を祀っているというわけ。呼称や所在地名が少々紛らわしい理由はお分かりいただけただろう。

ところで。

岡山や広島を車で走っていると、一見自然豊かな長閑な環境ながら、よく見るとそこかしこに由緒ある古い神社などが点在していることに気が付く。それも、土地の神様が地元の人々に大事にされているような在郷の小さな社が点々とある、という感じではなく、何かもっと全体的なイメージ、例えば仮に建物や境内は小さくとも、その「点」を含む地域全体に漂うような悠久の「時」の流れ、歴史の積み重ねの一際濃い「ゾーン」みたいなものが無数に点在している気がするのだ。

それもやはり、歴史を紐解いてみれば当然のことで、吉備国は、かつて出雲や筑紫、大和といったエリアと肩を並べるほどの有力国家であり、それゆえ、力をもった豪族が庇護し、崇敬した神社などが数多く存在する。一見、現在はのどかな地に見える場所も、千年以上の歴史が漂っていたりする。長い時間かかって街道なども整備され、多くの人やものが行きかう中で、次第に積み重ねられた記憶や想いや時間の断片がそこにはきっとあるのだろう。

それらの存在が、初めてその土地を訪れた人にも感じられるような「何か」を発しているのかもしれないと思えるのだ。

というわけで、かつての吉備国一帯、特に岡山や広島の田園地帯などを訪れる機会があったら、吉備津神社のような有名で大きな神社はもちろん、小さな神社や道路わきの石碑などに注目してみてほしい。それはもしかして、観光案内のガイドブックには到底載らないようなマイナーなスポットかもしれないが、知る人ぞ知る長い歴史をもった静かなる存在かもしれないから。

撮影場所

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