ジョンビーチ

ジョンビーチ 小笠原諸島・父島

南国小笠原の父島は、フェリーが到着する二見港すぐそばの大村海岸(前浜)、シュノーケリングも楽しめる宮之浜、波の静かな境浦、設備の充実した扇浦、シーズン中でも空いている穴場の初寝浦、こじんまりとしたコペペ海岸、そして遠浅で静かな入り江の小港海岸等、美しいビーチに恵まれているが、そんな小笠原に数あるビーチの中でもジニービーチと並び最も美しいといわれるのが父島の南崎にある「ジョンビーチ」だ。父島は、この南崎周辺のみが石灰岩で出来ており、そのために浜辺の砂浜も眩しいばかりの白色をしている。では、その美しいといわれるジョンビーチに早速出かけてみよう、と思っても、実はこのジョンビーチ、そう簡単にはそのベールを脱いではくれない。一筋縄ではいかないのだ。なんと、起点となる遊歩道の入り口から、このジョンビーチまで、山道を登ったり下ったり、2時間程も歩かないと辿り着かないのである。仮に、東京の竹芝桟橋で時計をスタートさせると、ビーチにたどり着くまでに、28時間近くかかるということになる。美しいものは中々簡単には手に入らない、というわけだ。前置きはこれくらいにして、早速、小笠原諸島・父島のジョンビーチへの道のりと風景をお届けしよう。

JWMセレクション・小笠原第二弾「絶景のジョンビーチ」~奇跡のビーチを求めて~

「ジョンビーチ」~奇跡のビーチを求めて~

突如「ごぉーっ」という音がして、一際強い風が吹き抜けた。それは例えるならば、骨の片隅に鬱積していた気だるさを一息に吹き飛ばすような、目の覚める風だった。見上げる空は鈍色で、見下ろす海は薄暗い。どう表現すればいいだろう、青と白と灰色の絵の具を混ぜて水に溶かしたような、そんな色だ。晴れていたならば、美しい色を見せるであろう波打ち際の水の色も、重たく澱んで、どんよりと沈み込んでいる。

ジョンビーチの噂を初めて聞いたのはいつの事だっただろう。それは、本州からおよそ1000キロ、船で25時間以上もかかるという小笠原諸島の父島にある、山道を二時間も歩いてようやくたどり着くことの出来る美しいビーチだという。幾つもの山を越えると突如現れる真っ白な砂浜。それはまさに「奇跡のビーチ」だ。想念は空をかけ、海を渡った。頭の中に、白い砂浜が広がった。「奇跡のビーチ」。その言葉がしばらく頭の片隅に引っかかっていた。

朝の天気予報は、前線が近づいている事を伝えていた。確かに昨日の夕日は中途半端で、力なく消え入るかすれ声の様だった。太陽はいつの間にか雲間に隠れ、気がつけば日没時間も疾うに過ぎて、夜がひたひたとやってきていた。夕食後に出かけた居酒屋のはしごの〆の、港で缶ビールを飲んでいる時に見上げた夜空にもまだらに雲が出ていて、朧な月が光っていた。姿を見せたり隠したりする、淡く儚げな月を見ながら飲む酒は、不思議と冴えた頭の中を一巡りして、背中の後ろの方に吸い込まれていく感じがした。時折身体を撫でる風は、優しく、波は一定のリズムで砂浜を洗う。灯台の光が暗い海に直線模様を描き出す。ざわりざわりと繰り返す波音を片耳で聞きながら、ぼんやりと、海に出来ては消える光の道を眺めていた。絶海の小さな島の夜は、ひっそりと柔らかに更けゆく。

いつのまに台所からやってきたのだろう、食堂のテレビを見ながら宿のおかみさんが、おだやかな口調で、「この時期に前線が来るなんてねぇ。温暖化の影響かしら」と独りごちた。テレビの音と、おかみさんの声が頭の中でクロスフェードするのを感じながら、甘酸っぱいパッションフルーツを口に運ぶ。このタネは食べても大丈夫なんだろうか。しゃくしゃくとタネを噛み噛み考える。お腹の中でタネが発芽して、成長し、やがて時計の様な花が体中に咲きみだれる光景をなんとなく思い浮かべながら。

このパッションフルーツは、島レモンやマンゴー、パパイヤと並ぶ小笠原の重要な農産物だ。外国産のバナナが今の様に出回るまでは、バナナも沢山生産していたという。今の時代の様に便利で季節感がなくなる以前、戦前のまだハウス栽培などもなかったような時代には、小笠原の農産物は本土で大層もてはやされたという。本土では季節違いでまだ店頭に出回らない食べ物たちが、船で運ばれ、本土の人間に重宝がられた。そして、そのお陰で、小笠原の人々は比較的豊かな暮らしをしていたのだ。

半分にカットされたパッションフルーツのとろりとした果肉をスプーンですくう。口に運ぶと、瞬時に広がる豊かな香り。甘みと酸味が交互にやってくる。この実からはおよそ想像もつかない形をした花を、かつて宣教師達は、アッシジの聖フランチェスコが夢に見たという「十字架上の花」として、布教に利用したのだという。中央から、南にかけてのアメリカ大陸を原産地とするこの植物は、キリスト教と共に七つの海を渡り、数百年の時を越えて、太平洋に浮かぶ島の民宿の朝食のデザートになった。16世紀まで、中南米の地においてのんびりと暮らし実をつけていた彼らも、よもや数百年後に一万数千キロも離れた場所で、デザートになって食べられるなど、夢にも思わなかったに違いない。

食事を終え、出かける準備をして、宿を出た。灰色の空。ぬるくて湿った風が吹いている。ヘルメットをかぶり、キーを差込みエンジンをかけて出発だ。港そばのスーパーによって飲み物や食べ物を買い入れる。この、メインストリートを挟むようにして相対する二軒のスーパーは父島の人々の大切な生活基盤。島で作られるもの以外は、通常、フェリーで週に一度本土から運ばれてきて、スーパーの棚に並べられる。賞味期限の短いパンも冷凍されて運ばれてくる。そしてチーズや牛乳などと同じように冷蔵棚に並べられるのだ。野菜も果物も肉も乳製品もインスタント食品もみな、運ばれてくる。それゆえ、フェリー入港日には、スーパーの店内はそれらを求める人々でごった返すのだ。その日を逃すとまた次のフェリー入港の日まで待たなくてはいけない。島の人々のカレンダーには、大抵フェリーの入出港日が記入されているという。島の生命線であるフェリーのスケジュールは、そのまま島の生活に影響しているからだ。

スーパーを出て、一路小港海岸を目指した。父島の道は、港近辺は幾つか縦横に走るが、それ以外はほぼ一本道。所々わき道がありつつ、都道240号線が一本、島の上半分をぐるりと周るような形で通っている。島の南東部、道の通っていない場所には手付かずの自然が広がる。島の西側のみ、少し南の方まで道が続いていて、小港海岸で車道は終わり、さらにその先に遊歩道がある。

都道240号線を南下し、途中で分岐を右に、さらにのんびりと走って、スーパーから15~20分ほどだろうか。迷うことなく小港海岸に到着した。道の終点部は小さなロータリーになっていて、道は元来た方へぐるりと戻る。ロータリーの正面が小港海岸への道、その左手が、遊歩道の入り口だ。

小港海岸

ジョンビーチまでの風景とジョンビーチをフルスクリーンで見る(自動再生・全22ページ)

ジョンビーチへ道のりは、この小港海岸の脇にある遊歩道入り口から始まる。入り口でまず目に付くのが、玄関によくおいてあるような足拭きマットと消毒の為の液体が入ったボトル、ブラシ、ころころローラー、そして形の違う小石だ。貴重な小笠原の固有種を守り、外来種の進入を防ぐために、取られている対策の一つ。マットやブラシと消毒液で靴に付いた種を落とし、ころころローラーで衣類に付着した種を取るのだ。小石は、種別に筒の中に入れるようになっていて、どんな人が何人訪れたかを管理するためのもの。いずれも小笠原の自然を守るために為されている。ちょうど見回りに来ていたスタッフに教えられながら(といっても簡単な作業だが)、一通りタネの除去を行い、気を取り直して歩き始めた。橋を渡るとそこにはゲートがある。これは、小笠原の固有植物を食い荒らすとして、駆除対象になっている野ヤギの侵入を防ぐためのゲートだ。






ゲートをぬけるとすぐ登りが始まる。日差しがなく曇っていても、蒸し蒸しと暑い。美しい色白の肌に、ちょんと紅をひいたような可愛らしい蕾が密集している。月桃の花だ。葉に芳香があり、沖縄ではこの月桃の葉に肉や魚、などを包んで蒸したりする。小笠原でもかつては食べ物を包むのに使われていた。花が幾つかちらほらと咲いている。蕾はおしとやかで、大人しそうな顔をしているが、咲いている花を覗くと、中は黄色の縁取りに真っ赤な色。南国系の原色だ。

歩みを進めるほどに、がさがさと音がし、立ち止まって目をやると、オカヤドカリがじっと固まっている。彼らは中々用心深い。普通のヤドカリが、しばらくこちらがじっとしていると、また動き始めるのに比べ、彼らはこちらが近くにいる限り動かない。それに比べて、ちょろちょろと愛嬌のある様子で出現するのが、グリーンアノール。その可愛らしい見た目とは裏腹に、小笠原では厄介者扱いされている。島にいるグリーンアノールは1960年代にペットとして島外から持ち込まれたものが野生化した外来種。島の固有種であるオガサワラシジミなどを捕食するために、島の生態系を破壊する存在として駆除対象になっているのだ。よほど小笠原の気候や環境が彼らにとって住みやすかったのだろう、今では総数にして400万匹以上、一ヘクタールに1000匹以上も棲息しているといわれている。

月桃の花

色を変えるグリーンアノール、別名アメリカカメレオン。周りの環境の他、気分に寄っても体色を変えるという気分屋さん。父島でも母島でも、道を歩いていると、そこかしこに現れる。

オカヤドカリ

   


少し登ると、右手に見下ろすような格好で、木々の合間に、先ほどまでいた小港海岸が見える。人一人いない白い砂浜は美しいが、それでも海の色は空の色を映して、薄濁り。時折、強い風が吹き抜ける。いよいよ、天候があやしくなってきた。



ほどなくして、周りの潅木がなくなり、周囲がひらけた。中山峠だ。

峠といっても、そこは島の海岸沿いの峠、山を背にして、右に小港海岸、左下にブタ海岸、晴天ならば、コペペ海岸から野羊山、そしてその向こうの二見湾まで見渡せるという絶景ポイント。まるで鳥が空から、海を見下ろすよう格好で、透明度の高い海を見下ろす事が出来る。もし雲がなく、空が青ければ、その美しさはいかばかりだろう。白い砂浜、徐々に色身を変えて深い青色になっていく美しい海、そして綺麗な水を透かして、岩礁が見えるに違いない。目がよければ、泳いでいる色とりどりの魚まで見えることだろう。









前触れもなく、疾風が吹きぬける。富士山の強風のように身体が浮きそうになるほどの風とまではいかないが、前に向って歩けないほどの強さだ。姿勢を低くしてやり過ごす。数秒ほどじっとして、また顔を上げる。雲が物凄い速さで飛んでいくのが見える。それによって風景は目まぐるしく変わる。島々が見え隠れし、山が見え隠れする。






風をやり過ごした後、今度は峠を下ってゆく。ごつごつとした地面に足を取られそうになりながら、慎重に。

程なくして、ブタ海岸にたどり着いた。この不思議な名前は、かつてこの海岸沿いでブタを飼っていた事に由来するとか。地元の人が、便宜上かつ愛着を込めて呼んでいた名前が、いつのまにか定着したものだという。

相変わらずの薄曇の灰色の空。その空を映しこんだ海の色も、くすんでいる。




ブタ海岸に沿うようにして歩く。薄紫の花をつけたグンバイヒルガオが群生している。ふと気配を感じて顔を上げると、400メートルほど先に、数頭野ヤギがいて、こちらを警戒しながら草を食べていた。少し近づくと飛ぶようにして逃げてゆく。グリーンアノールと同じく、人に飼われていたものが野生化して小笠原固有の植物まで食べてしまう事で駆除対象になった野ヤギ。彼ら自身には、そんな事情は飲み込めず、ただ一つの生命体として餌を探し生きるのに必死だ。ペットや家畜が野生化して、駆除対象になっているものとして、ほかに猫なんかもいる。猫などは、彼ら本来の敏捷で逞しい狩猟本能を遺憾なく発揮して、鳥までとってしまうというから驚く。国の天然記念物オガサワラオオコウモリや、アカガシラカラスバトなどの希少種も捕獲することから、これまた駆除対象になった。ふと、母島から父島に渡ってくるフェリーの中で見かけた、檻に入れられたシャムネコを思い出した。海の様に美しく、そして悲しげな透き通る青い瞳をしていた。どこかのお金持ちの元に飼われていたのなら、餌を与えられて、のんびり気ままに過ごしていたのに違いない。野生の攻撃性をその身に帯びつつも、不安と怯えを滲ませて檻の中に佇んでいた。


海に注ぐ小さな流れを渡った後、右に折れるように道は続き、そしてまた登りが始まる。右手にブタ海岸を見下ろしながら、一歩一歩登っていく。かさかさと音がして、またぞろアノールが顔を出す。つぶらな目。キュートな手。タコノキの枯葉にちっちゃな手でひっしと掴まって、じっとしている。見つかってないつもりなのだろうか。「事情」を知らなければ、ひたすら愛い(うい)ヤツだ。



日が翳っているとはいえ、南国特有のねっとりとした暑さだ。湿気が絡みついてきて、じっとしていても汗ばんでくる。ましてや、山道を歩き続けているのだ。汗が滴り落ちる。 たないで来た水分は、一リットルの水と、500のお茶、そして缶ビール二本。時折背中から水を取り出して、一口ずつ噛み締めるように口に含んでは、喉を湿らす。ザックに手を入れるたびに、ビールがぬるくならない様にと缶に巻きつけたタオルがヒンヤリとして心地よい。この涼しさがおにぎりも守ってくれるだろう。

ブタ海岸から2、30分も歩いただろうか、また看板が出てきた。ところどころに立っている、その場所から各地点までの距離が書かれたこうした看板がありがたい。ブタ海岸から810メートル。目指すジョンビーチまでは1920メートル。小港から2270メートルと書いてあるので、半分を少し越えた地点だ。手元の地図と照らし合わせながら、周囲を見渡した。ひたすらに空はどんより灰色で、雲が流れていく。風に吹かれて、枝がしなっている。30秒ほど、佇んで後、また歩き始める。等高線を見るに、ここからはしばらく下りが続くようだ。特徴的な赤みを帯びた土。シャツの裾をはたはたとさせて、時折空気を送り込みながら、のんびりと下ってゆく。


一人で歩く山道はいい。土ぼこりを舞い上げながら、ぼんやり考える。それは確かに一人きりは寂しい。孤独だ。話し相手もいない。滑って転んでもすぐ助けてはもらえない。でも、なんとなく。それがいい。勿論、二人、三人、それ以上でおしゃべりしながら、わいのわいのとするのも悪くはない。馬鹿話をしたり、登りで苦しいのに笑ったり。それは賑やかで、いかにも楽しい。共有する思い出もできよう。でも、たまには一人の山道も悪くない。余計なことをあれやこれやと考えながらも、歩みを進めていく。止まるのも進むのも自分次第。疲れたら、休めばいい。仕事の事を考えたり、世界の事を気にしたり、引き出しの中の事を思い浮かべたり、好きな人の事を思ったり、昨日の夕食を思い出したり、今日の天気を心配したりしながら、歩いていく。歩くも休むも自分のペース。道はただそこにある。この道を行くのも、あの道を行くのも全ては自身の選択。ただ時間は流れゆき、世界はそ知らぬ顔で動いていく。風は吹き、地球は回る。この瞬間は、次の瞬間へと続く。この一歩はビーチへと続く。ただそれだけだ。血は巡り、脳が働く。筋肉が弛緩し、内臓は蠕動する。心はふわり飛んでいく。身体は想いを引っ掛けて、朧な希求や願いを肩のあたりに引っ掛けて、とことこと歩いていく。一人を楽しめる人とは、きっと美味い酒が飲める。

そうこうしながらも、道はまた登りになり、そしてまた下ったり、平坦になったりする。右に折れ、左に巻きながら、山道は延々と続く。両側に木は密集し、空も見えない。風の音は遠く聞こえ、自身の足音だけが繰り返し響く。そうして、どれほど歩き続けただろうか。十回ほどのアノールとの遭遇と2度ほどの野ヤギとの遭遇を経て、再び、チェックポイントに到達した。遊歩道の入り口と同じように、マットが置いてあり、消毒液の入ったスプレーと、石を入れる容器が置いてある。それより先はチチジマカタマイマイの重要な生息地だという。念入りに靴底をマットとブラシでこすり、消毒液をふりかけ、石を入れた後、再び歩き出した。

ふと気がつくと、木漏れ日が差し込んでいる。さっきまで、あれ程までにどんよりとしていた雲が晴れたのか。前線が来ていて、今日の天候の快復は絶望的だなと思っていた所に、日が差してきたのである。こんな時に身軽なのはいい。俄然力が沸いて、駆け出した。落ち葉を踏みしめ、土を蹴って、駆ける。このまま晴れてくれと、せめて、もう少しの間だけ、晴れ間がもってくれと願いながら、メロスの様に駆け続ける。今しばらく、今しばらく。




なんということだろう。天に願いが届いたのか。見る間に空は晴れていく。木漏れ日はやがて、直射日光へとかわる。汗が滴り、髪は濡れる。息は切れ、鼓動が激しくなっていく。それでも足は鈍らない。駆けに駆け、走りに走る。そして、リュウゼツランが目に入り、左の視界が開けたとき、そこには荒々しい崖と青い空、そして深い色をした海があった。それは草原で無くし物を見つけたときの爽快感。雪山で、小屋をみつけたときのような安堵感。息苦しさと心地よさを脳内で同時に感じながら、爽やかな風を身に受けて身体は疾走する。ジョンビーチまで、あと500メートル。走りはさらに加速する。人生は驚きの連続だ。




何度かよろめきながら、幾度か躓きながら、駆け抜けて、数分後、ぽっかりゴルフ場の芝生の様な場所に出た。いや、周囲の風景はゴルフ場には似ても似つかないのだが、その看板の立つあたりが、なんとなくそんな風に見えたのだ。左、小港海岸まで4.0km、右ジョンビーチまで0.1km。ラストスパートだ。




進路を右にとり、斜面を駆け下りていく。岩だらけのこの斜面で転んだら、さすがに血だらけになりそうだなと、そんなことが頭をよぎりながらも、足は止まらない。地面だけを見ながら、右に左に足を運び、駆け下りる。

そうしてものの数秒後、顔を上げ、両の目に飛び込んできた風景は、ああ、それはまるで世界中の美しい青色を集めて、配置したような、きらめく宝石の海だった。

人は、あまりに美しいものを見た時に、言葉を失ってしまう。ただ息を飲む。細胞は躍動を放棄して、全ての言葉はその瞬間無力となり、美しい光の洪水が、身体の中に流れ込むのをただ感じるだけだ。雑念は消し飛び、転瞬、脳内は透明と化す。心は澄み渡って、怒りも悲しみも何もかも消えてしまう。後から後から身体の中に流れ込む美しさ。その刹那、煌めく光の粒のシャワーは、青色の水晶のように光り輝いて、世界を美で埋め尽くす。それを眺める細胞の集合体は、美しさに圧倒され、ただただ飲み込まれ、我を忘れ、そこに立ち尽くすだけだ。


ジョンビーチはアオウミガメの産卵地でもある。アオウミガメは毎年3月頃に小笠原の海に現れ、5月頃に産卵が始まる。


荷物を木陰に置き、靴を脱いで裸足になって砂浜をのんびりと歩く。全くもって、先刻までの曇り空が嘘の様に、空は晴れ渡っている。水平線際にはまだちらほら雲もいるが、上を見上げると、まさに抜ける様な青い空だ。その分、体感温度も上がって蒸し暑いが、足元はさらさらとした砂が心地よい。日陰の倒木に腰掛けて、ザックからタオルに包まれた缶ビールを取り出す。保冷材などはないので、さすがに冷え冷えとはいかないが、握ると充分にヒンヤリとしている。左手で缶を握り、右手の中指と薬指を缶の縁に引っ掛けて、人差し指でステイオンタブのプルトップを持ち上げる。

「プシューッ」

缶を傾けて、黄金色の冷えた液体を一気に喉に流し込む。堪えられない。堪らない。この一瞬のために全てがあるといっても過言ではないほどだ。この世にビールがなかったら、それはなんと味気ない世界だろう。まさに極上な気分が身体に満ちる。乗り物で乗りつけたビーチでは決して味わうことの出来ない達成感に満ち満ちた喉越しだ。

瞬く間に一本を空にした後、おにぎりを取り出して食べ始めた。美しい海を眺めながら、ビールを飲み、おにぎりを食べるこの幸せ。一体誰が、先ほどの曇天がこれほどまでに晴れ渡ると想像しただろう。曇る日もあれば、晴れる日もある。まさに人生は驚きの連続だ。





水際で鳥が遊ぶ。


オガサワラトカゲとグリーンアノールの邂逅



おにぎりを食べて、もう一本ビールを飲み、全部で30分ほどのんびりしていただろうか。帰り支度を始めると、空がまた俄かに曇り始めてきた。それこそ、これまた嘘の様に見る間に雲は広がって、空は灰色になっていく。それはまるで、空のどこからかこちらを見ていたかのように絶妙なタイミングだ。荷物をまとめ終え、斜面を登り始めて、帰路につく頃には、すっかり空はもとの灰色の曇り空になってしまった。ジョンビーチに到着する少し前に晴れ始めた空は、ジョンビーチを立ち去る時にはまた元の曇り空になってしまったのである。そして、この日、太陽が顔を出すことはもうなかった。

ビーチに近づき、そして滞在している合間だけ、空は美しい青色を見せ、海も砂浜も輝かんばかりの美しさを見せた。それが、ジョンビーチが、奇跡のビーチと呼ばれる所以なのかどうかは知らない。そもそも、ジョンビーチが奇跡のビーチかどうかなのかさえ定かではない。しかし、少なくともその日、数十分に渡って、確かにジョンビーチは奇跡の美しさを見せたのだ。奇跡こそが偶然なのか、偶然こそが奇跡なのか。いずれにせよ、やっぱり人生は驚きの連続だ。

島のそこかしこに残るトーチカ跡が小笠原諸島のもう一つの歴史を物語る。




岩の間からカニが顔を出した。





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