抜海駅

抜海駅

あてのない旅

そして人は旅に出る

「あてのない旅」の蠱惑的な芳香は、実際にそれを体感した者でないとわからない。宿泊場所も決めず、移動手段も目的地も定めない。漠然とした不安を背中辺りに漂わせながら、それ以上の解放感と自由を感じる瞬間。ただ心の赴くままに、気の向くままに。その場の出来事にその場で対応していく。停まるもよし。戻るもよし。「寄り道」は寄り道ではなく、あくまで旅の「途中」。何かを求めるでもなく、何かを目指すでもなく。そう、それこそ行き着く先に何もなくても構わないのだ。寧ろ、何もないことこそ美しい。旅をする事そのものが目的なのだから。見知らぬ土地、見知らぬ景色、そして見知らぬ人々。日常の中でいつのまにか疲弊した心は次第に解き放たれて大空を舞う。

人生は選択の積み重ねだ。仕事や遊びや勉強や趣味。右に行くか、左に行くか。その時の選択で、その先は変わる。今は過去の選択の結果であり、未来は過去と現在の選択の結果だ。瞬間瞬間の行動。長いスパンでの計画。小事から大事まで、日々決定すべき事項を突きつけられる。悩み事や、考え事。人生の重大な決定から、その日の食事に至るまで。

人や物との出会いがあり、別れがある。調子が上向きの時もあれば、何をやっても上手く行かないような時もある。あんな時やそんな時やこんな時。人はありとあらゆる選択をしながら生きている。要所要所で何かを思い、考え、判断し、選択する。何を選ぶか、それは自分次第。選んだものに選ばれなくとも、それはまた次なる選択への一歩となる。

そんな日々の中で、ふと気がつくと気遣いばかりで、本当の自分がおざなりになっている瞬間に気づく。自由な筈の人生の選択が、半強制になっていたりする。周りの目を伺い、意見を伺い、スタンスをはかる。常に衆目に晒される65億分の一の個体は、いつしか自己の呼吸のペースさえも忘れてしまったりもする。

そんな時こそ「あてのない旅」へ。勿論、あてがないからこそ、別の気遣いや、回り道や、無駄が沢山生じる。しかし同時に、お仕着せの旅では決して得られない自由を得ることが出来る。日常の暮らしの中では得られないものを得る事が出来る。

そこに、その時いたからこその出会い。景色との出会い、人との出会い、時にはハプニングとの遭遇さえも、あてのない旅の中では、それはさながらハーブの様に豊かな香りを時間の中に加えてくれる。まだ見ぬ土地や知らない場所。動物的な勘や感覚を信じて自由に選択しながら、右へ左へたゆたう。もっと遠くへ。その先へ。

最北の木造無人駅「抜海駅」

北海道の最北端、宗谷岬から日本海側に下る事およそ40キロ、オロロンラインと名づけられた道道106号線は海岸線の荒野を抜けて、一つの小さな岬にたどり着く。夏には蝦夷透百合が咲き乱れ、冬にはゴマフアザラシが数多く集まってくる。

晴れた日には別名「利尻富士」の名を持つ秀麗な形をした利尻山が望めるこの町に、日本最北の木造無人駅「抜海駅」はある。北海道の多くの地がそうであるように、この抜海の地名もアイヌ語からきている。「パッカイ・ペ」アイヌ語で「子を背負うもの」という意味だ。これは海岸にある「抜海岩」と呼ばれる重なった大きな岩が、子を背負う母の様に見えることからこう呼ばれるようになったと伝えられるもの。町の名もそこから名づけられ、そしてそれは駅名にもなった。

木造の小さくて静かな駅は、かつて、そして今も、鉄道や旅を愛する人々の自分だけの宝物の様な駅だ。周囲には民家が数軒あるのみで、あとは牧草地が広がる。そんな茫漠とした雰囲気が、多くの旅人の心をひきつけてきたに違いない。「抜海駅」に「何か」があるから、ではない。「何もない」ような所だからこそ、それを求めて旅人はやってくるのだ。雰囲気と空気。刻まれてきた時間。それは「存在」そのもの。数々のドラマが生まれ、思い出が様々に宿る駅。

近年、雑誌やテレビなどで紹介され、訪問者は増えたというが、それでも一日数本しか停まる列車のないこの駅は、楚々としてその清らかさを失ってはいない。時折思い出したようにやってくる列車や人や猫や犬を温かな眼差しで見守り続けながら、今日も優しく旅人を受け入れているのだ。

抜海駅
抜海駅
抜海駅ホーム
抜海駅ホームから勇知駅方面を望む

   

抜海駅駅舎

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無人駅としては日本最北端に位置するJR北海道宗谷本線の駅。管理は稚内駅。

抜海駅

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