日本の匠 小泉景 小泉湖南堂

小泉湖南堂

本物の技と心を持った「現代の匠」に焦点を当てる「日本の匠」シリーズ。今回は、京印章の第一人者、小泉景氏の仕事場にお邪魔し、氏の技とこだわり、そして心意気に迫ります。

1000年以上の歴史を誇る京印章の世界

「京印章」という言葉をご存知だろうか。印章とは平たく言えば、判子の事。昔に比べて使う機会が少々減ったとはいえ、不動産などの契約や銀行、役所、諸事の取引や決裁などではまだまだ欠かせないあれだ。そして、「京印章」とはその名の通り、「京」の印章のこと。聖徳太子の頃に中国より伝わり、字体や彫り方など和流の進化を遂げつつ、実に1000年以上もの長きに渡って政治や文化など、人々の生活に密接に関わってきた。伝統の中で育まれた職人の技が冴える由緒正しき印章、それが「京印章」なのだ。

体一つあれば事足りる西洋式のサインに比べ、印章そのものがないと物事の進まない日本式。印章を忘れて家に取りに戻ったり、持参した印章そのものが違ったりして、もどかしい思いをしたことがある方も少なくないだろう。なぜこんな時代に判子なのだろう、サイン式ならペンを借りればいいから楽なのに、と。そんな方にも是非知って頂きたい、京印章の魅力的な世界をご紹介しよう。

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「世界に一つ」

「京印章」という言葉を知らなくても、実は私達は殆ど毎日それを目にする機会に恵まれている。見ていても、意識して見てはいないかもしれないが、毎日の様に手に取るものに、押印されているのである。毎日の様に見ているのに、見ていないもの?はて。

それは通常、財布やかばんやポケットに入っていて、買い物や飲み食いなどをする時に使われる・・・、といえばもう、お解りだろう。そう、お札である。もしお手元に、千円でも一万円でも、お札があったら、じっくり見てみて欲しい。裏と表にそれぞれ若干書体の違う文字の印章が押印されているのがご覧いただけるはずだ。

少々読みにくいが、それぞれ「総裁之印」「発券局長」と刻まれた印章が押してある。表側が「総裁之印」だ。そして何を隠そう、この「総裁之印」の印章が京印章なのである。表裏両面共に「篆書体(てんしょたい)」と呼ばれる字体なのだが、表側の京印章は、印篆(いんてん)と呼ばれる漢の時代から伝わる、大らかながらも繊細な美しさが特徴的な字体が用いられている。(裏面の「発券局長」は小篆と呼ばれる秦の時代の流れを組む「東京風」の字体。)

小泉湖南堂
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京都御所に程近い穏やかな町に、小泉景(けい)氏が日々美しい作品を生み出す作業場兼お店「小泉湖南堂」はある。氏は小泉湖南堂の三代目。十代でこの道に入って60年以上、京印章の第一人者だ。約束の時間より少々前にお店の前に着くと、氏の奥様であろうか、上品な佇まいの女性が店の前を箒で掃いていた。そのさりげない所作と佇まいの美しさに感動しつつ、時間になったのを見計らって、お店を訪ねた。引き戸を引くと、そこはもう作業場。入り口から見て左側に、机が置いてあり、虫眼鏡や印章を据える台のようなものが置いてある。座って手の届く範囲に、全ての道具がおいてあるのだろう。一見、規則性がないように見えながら、実に快適そうな作業場だ。

にこやかに応対してくれた優しげな物腰の跡継ぎであるご子息と言葉を交わしながら、肌で感じたもの、それは心地よい家庭的な温かさ。ふんわりと優しさで包まれるような人の「情」とでも言おうか。そんなものだった。はたして、ほどなくして店の奥から姿を見せた小泉景氏は、職人らしい凛とした厳しさをどこかに漂わせながらも、温かさと人間味に溢れる人柄であるのが一目で感じられる雰囲気に包まれていた。

一通りの作業工程を伺いながら、その直感が正しかった事を知る。穏やかな語り口。懇切丁寧な説明。話は、作業工程そのもののみならず、印材や印肉、字そのものと多岐に渡り、60年以上この道を歩んできた氏の生き様がそこかしこに垣間見える。研鑽を重ねながら、自然と身についた知識に飽き足らず、さらに調べ、試し、学んできた姿勢。話し上手な事もあいまって、京印章の世界にどんどんと引き込まれていく。その謙虚さと好奇心旺盛な姿は、勉強になると同時に、道を究めた人はさすがに違うと、心の中で唸ることしきり。

ここで、作業工程を簡単にご説明しよう。「個人名」や「会社名」などで注文を受けた(展覧会などに出品するために字組みを自身で考える場合もある)後、字体やバランスなどを考え、それを印材に書き込んでいく。その際、印材にはまず朱を塗る。これを均等に塗らないと後々全てに響くので、慎重な作業が必要という。決して筆などは使わないのだ。全ては指で判断をする。零コンマ何ミリの誤差を絶妙な感覚で判断するのである。それはまさに常人の意識レベルを超えた天才の世界だ。

機械で削った木材は、一見平らに見えても、長い年月の間に水を吸い込んでしまうという。それは、厳密には平らではないからだ。しかし、宮大工の棟梁がかんながけをしたものは、水をはじくのだという。両者とも機械で計測すれば、「平ら」なのだ。しかし、機械でさえ計測する事のできない、誤差がこの違いを生み出すのだ。その研ぎ澄まされた感覚。当然一朝一夕に身につくものではない。弛まぬ努力と勉強、練習、鍛錬によって身につくものなのだ。さらに、そこに一パーセントの天才的才能が加わると、現代科学でもってしても計りえぬ超絶的感覚的世界が広がるのである。小泉景氏の生きている世界もまさにそんな世界なのだ。

話を伺っていると、氏の言う、手刻りで作る印章に全く同じものはないというのが実に理解できる。同じように見えても機械刻りと手刻りでは全然違うのである。美しさと威厳、品と粋。心が詰まった、さながら宝物のような物。それが手刻り京印章の世界。丁寧に手作業で作られ、仕上げられた品のみが持つ風格なのだ。だからこそ、平安時代からの長きに渡り、朝廷や有名寺社で、正当な書類であることを証明する「しるし」として用いられてきたのである。時に、国や人々の動向をも左右するほどの書類に押されてきた重厚なるマーク、それが京印章。現在でも、天皇家を始め、世界遺産の寺社を含む多くの寺院仏閣で用いられている印章は京印章なのだ。

さて、印材に朱を塗ったら、構図に従って、コンパスの様な道具を用いて割付というものを行う。字の大きさやバランスが決まる重要な作業だ。それから、墨で左右さかさまに字を書き込んでいく。素人には彫る作業が殆ど全ての様に感じてしまうが、彫る前のここまでの作業で全体の半分の意識を使うという。それから、荒刻りを経て、仕上げに進む。全ては目と手の感覚で行われる。微妙な差を感じながら、時に修正し、時に強弱をつけ行われる。話を伺っていると、それは単なる「手作業」の域を超え、印材と対峙しながら、そこに心を彫り込むという、まるで印材との対話のように感じられる。技を持った人が、心を込める、これで素晴らしいものが出来ない筈がないのだ。

小泉湖南堂
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物づくりの真髄

こうして丹念に時間をかけて作り上げられたものは、商品というよりも、作品だ。一品一品、小泉氏の技と心が込められた逸品。氏の時間と技、人生の集大成のようなものだ。出来上がったものを受け取りに来たお客さんが喜ぶのが、何よりだという。そこには心がある。「手塩にかけて育てた我が子を手放すようなものですね」との問いに、氏は頷いた。

「機械で彫られた物には心がない。」・・・印章に関して小泉氏が語った言葉だ。この道一筋に60年以上やって来た氏の思いは深い。

物を作る、その真髄とは心。形が整えば、それでいいのではない。心が入ってこそ、なのである。大量生産、大量消費の世の中、物が大事にされなくなって、久しい。お手軽、格安に製造され、消費され、そして簡単に捨てられる。物を大切にする心。その当たり前の事がいつのまにか何処かに行ってしまった。身の回りのものを大切にせずして、何を大切にするのだろう。ここで、消費文化を批判する気はないが、大量消費文化が作り上げた、「物を大切にしない世の中」が、人々の間に本来的にあった情や思いを失わせてしまっているような気がしてならないのだ。さりげない助け合いや、さりげない思いやりが少なくなり、ぎすぎすとしていく。使い捨ての文化は、情を蝕み、思いを薄める。一つの物を大切にする、それは人を大切にし、自分を大切にすることに繋がるのではないだろうか。

小泉湖南堂
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いつも思う。「本物」を作る「本物」の職人には、余計な衒いや虚飾がないと。決して偉ぶるでもなく、気さくで、温かくて、人間味に溢れている。「技術」が「本物」であるのは勿論、人としても「本物」。とても魅力的な方が多い。修行時代の苦労や、試行錯誤を繰り返し切磋琢磨してきた日々の積み重ねが「本物」を作り出すのだろう。2009年11月には黄綬褒章を下賜されたという小泉景氏。79歳というお年を全く感じさせない生き生きとした目が印象的。老いて益々技が冴え渡る。しかし、氏は言う。60年以上作り続けても、「これぞ」と思える作品が出来るのは年に数えるほどだと。我々素人目には等しく素晴らしく思えるような作品でも、ご自身の厳しい目で見ると様々なものがあるのだろう。しかし、その厳しさこそが、また新たに傑作を生み出し、逸品を生み出していく。技は、満足してしまったら、そこでお仕舞いなのだ。

ただの物であった「印材」に心を与え、命を吹き込む、京印章の匠、小泉景氏。お話の間ににこやかに笑いながら見せてくださった、先代が刻られたという可愛らしい印章。数十年も前のものだというがまだまだ全然現役だという。「本物」は大切に使えば、一生もの。「本物」を自分の傍らに置いておく事、それは「本物」を持つ者のみが知る幸福だ。ご興味がお有りの方は、是非下記宛てに連絡を試みて頂きたい。各種メディアに取り上げられることも多く問い合わせが全国から寄せられているとのことで、もしかしたら辛抱強く待つ必要があるかもしれないが、その忍耐も、氏の作品を自分のものとした時には、満足へと変わること請け合いだ。

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公民館などに出向いて、子供達に篆刻を教える事もあるという。穏やかな笑顔が魅力的だ。

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最近はあまり見ないが、明治時代は青や緑の印肉も使われていたという。字の周りの模様が洒落ている。

小泉湖南堂
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60年以上使い続けて、指の形にへこんだ固定具。白くなった部分、へこんでいるのがお解りになるだろうか。

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様々な印材様々な印材

印章に使う「印材」。黄楊(つげ)、水牛の角、象牙など様々な素材に加工が施されている。通常、印材そのものは専門の業者に注文するが、思い描くものが業者で出来ない場合、自ら印材を作ることもあるという。

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水銀を含む印肉は火にも強い。寺社などが火事になって貴重な絵が焦げても、印影だけは残っていることも少なくないという。実際に実験をして見せてくれた。火で炙って一度黒くなった後、また鮮やかな朱色を取り戻す。

活字を作る為に氏が書いた字

活字を作る為に氏が書いた字。

活字

小泉氏が木に彫った物を使って、型を作り鋳造された活字。

かつては、依頼されて活字を製造する元になる物を彫ったり、字を書いたりもしたという。活字を組んで印刷していた時代に出版された印刷物の字は、小泉氏によって彫られた字が元になっているものも少なくないのだ。

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活字と同じ大きさの木に字を彫っていく。一遍の長さはわずか5ミリほど。

大日本国璽の印影

大日本国璽の印影。明治の篆刻家「安部井櫟堂(あべいれきどう)」によるもの。

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刀(とう)

荒刻りや仕上げ刻りなどに用いられる様々な太さの刀(とう)。裸の刀にみずから藤を巻いて作ったもの。よく研がれたものは高く小気味がいい音がするという。実際に氏が彫り始めると、部屋に「かりかり」とした高い音が響いた。修行時代には、氏が彫る音を聞いた師匠や兄弟子に、「研ぎが足りないのと違うか」とたしなめられたという。

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現代の様には簡単に印章が手に入らない時代、印章はまさにその人や家を表すものであり、印章そのものの持つ効力や意義も大きかった。それゆえ、印章は警察によって管理されていた。注文者の氏名、住所や印章の素材などが印影と共に記録され、警察に保管されていた。昭和20年頃までそれは続いていたという。

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創業明治元年。京都府伝統産業優秀技術者(京の名工)受賞。京匠の会々員。

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