久能山東照宮

久能山東照宮

徳川家康ゆかりの地

静岡県静岡市の中心部と、2013年に世界遺産に登録された三保の松原のほぼ中間地点、静岡市駿河区根古屋にある「久能山」は標高216メートルの山。すぐ目の前に広大な太平洋が広がるこの場所に「久能山東照宮」はある。「久能山東照宮」は、数多くある徳川家康ゆかりの地の中でも、駿府城や日光東照宮と並ぶ、特にゆかりの深い地として知られる所。静岡県内では著名な史跡の一つではあるが、全国的に見れば日光東照宮ほどは知られておらず、穴場的スポットでもある。晴れていれば最高に眺望もよく、美しく整備された空間で、豪華絢爛な歴史的建築物を間近に堪能できる場所だ。

久能山の歴史

久能山の歴史は古く、推古天皇の時代(592- 628年)、久能忠仁が寺を興し観音菩薩を安置、「補陀落山久能寺」と称したとの記録が残る。「補陀落山久能寺」は、往時には建物330坊を数えたという大規模な寺院で、奈良の大仏造営に関わったことでも知られる名僧・行基もこの寺を訪れたという。

時は流れて、1568年(永禄11年)、駿府へ進出した武田信玄は、久能山が見晴らしがよく攻められにくい要害であることに目をつけ、久能寺を近くの北矢部(清水市)に移築(現・鉄舟寺)、山に城砦を築きこれを久能城とした。武田氏滅亡後、駿河の国が徳川の勢力下にはいり、久能城も徳川のものとなる。

江戸幕府を開いた家康は、秀忠に政務を譲った後、大御所として駿府にいたが「久能城は駿府城の本丸と思う」とこの地を重要視していたという。そして「自分の遺骸は久能山に埋葬するように」と命令を遺した。

1616年(元和2年)4月、家康は駿府城にて逝去、遺骸は本人の遺命通り久能山に埋葬された。二代目将軍秀忠は久能山に徳川家康を祀る神社を造ることを命じ、東照社が造営される。これが現在の久能山東照宮だ。

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久能山東照宮
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楼門(国指定の重要文化財)

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唐門

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日枝神社

久能山東照宮

壮麗瀟洒な社殿は、二条城をはじめ、江戸城、知恩院、駿府城の天守、増上寺、名古屋城、内裏、日光東照宮などの建築に携わった江戸期を代表する大工頭・中井大和守正清の手によって造営されたもの。

久能山東照宮
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社殿(本殿・石ノ間・拝殿)

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神廟

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Memo

造営から約400年の2010年(平成22年)12月24日には、久能山東照宮の本殿・石の間・拝殿が国宝に指定されている。また、唐門、東門、廟門、玉垣、渡廊、廟所宝塔(神廟)、末社日枝神社本殿(旧本地堂)、神庫、神楽殿、神饌所、鼓楼、神厩、楼門は国の重要文化財、境内全域が「久能山」として国の史跡に指定されている。

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