石見銀山・光り輝く山

石見銀山

光り輝く山

石見銀山の発見のいわれはこうだ。1526年(大永6年)、博多の豪商・神谷寿貞が出雲大社裏の鷺浦銅山を購入するために船で日本海を北上していた。石見沖に差しかかった時、ふと陸地に目をやると山が光り輝いているのに気がつく。それは目を奪われるほどの輝きだった。急いで船を下りた神谷寿貞は光の見えたほうへと山深く分け入って行き、ついには銀塊が山と積まれていた「清水寺」にたどり着いたのである。現在も石見銀山の町に残るその「清水寺」に積まれていたのは、土中から露出していた「粋銀」(とじぎん)、いわゆる「福石」とよばれる自然銀を多く含む石だったといわれる。

神谷寿貞は早速領主・大内義興に報告、許可を得て、3人の堀子(吉田与三右衛門、同藤左衛門、於紅孫右衛門)と共に銀鉱石を掘り出すことに成功する。こうして石見銀山は本格的に銀の採掘が始まったのである。

ところで、石見銀山には既に、推古天皇(554~628)の時代から伝わる、「仙ノ山(要害山と共に石見銀山の中心をなす山)の山頂に霊妙仏が光を放ちながら現れた」という伝説があった。さらに「銀山旧記」には、1309年(延慶2年)、周防国(現山口県)の領主・大内弘幸が夢の中で「石見国・仙の山に宝有り。」という不思議なお告げを受けたと記されている。まさに伝説の「光る山」であった石見銀山。神谷寿貞の報告を受けた大内義興が、先祖が見た夢のお告げが本当であったことを知り、興奮したであろうことは想像に難くない。伝説の山であった石見銀山は神谷寿貞により再発見され、現実の銀の山としてようやく世に出たのであった。

石見銀山
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