鉛温泉

温泉レポート~鉛温泉~

粉雪の降りしきるなか、花巻駅から花巻南温泉郷へ向かうシャトルバスは出発時間の遅れを取り戻すかのようにどんどんスピードを上げていく。

ライトに照らされる雪道は凍結しているようでスリップしないか不安になる。程なく、のろのろと走る軽自動車に追いついてしまった。道路が右に大きくカーブしているのでまさか追い越しはするまいと思った瞬間、運転手はパッシングするや対向車線へとハンドルを大きく切った。驚いて前方をみるとなんとカーブの先から対向車のライトがやってくる。最前列に座っているので焦った。

「あぶない!!!」

間一髪のところであった。

やがてシャトルバスは雪深い花巻南温泉郷のなかに入っていく。

途中の志戸平温泉、大沢温泉と順番にお客を下ろし、鉛温泉藤三旅館に到着した。湯治部に宿泊するお客たちと一緒にスタッフの説明に耳を傾ける。

鉛温泉湯治部

旅館部玄関

「宿泊代金に含まれているのは布団、お茶セット、テレビと朝夕の食事です。毛布やコタツ、石油ファンヒーター、丹前、浴衣、タオル等はすべて有料になります。建物が古いため寒いですから各自で体調管理をお願いします。」

昭和16年に建てられた湯治部屋が今もそのまま使われている。案内された湯治部屋は大胆に開いた窓の隙間から寒風が吹き込んでいた。

室温は5℃くらいだろうか。暖房のない階段や廊下、便所などは更に寒そうだ。あの宮沢賢治や寺田寅彦が湯治に訪れたという鉛温泉。どの部屋に泊まって湯治をしたのだろう、と湯治部のなかを探検した。

   

湯治部廊下

湯治部トイレ

鉛温泉の湯

真夜中に寒さで目が覚めたので”白猿の湯”で身体を温めることにした。ドアを開けるとたたきになっていて、そこから地階の浴室へ階段が続いている。見下ろすと誰もいない。大きな楕円形の湯船と小さな円い湯船が見える。鉛温泉名物の”白猿の湯”を独り占めだ。大きな楕円形の湯船は水深125センチの立ったままで入る珍しい温泉だ。天然の岩をくりぬいてつくられた湯船の底から温泉が湧き出ている。力を抜くとお湯の流れで身体がゆらゆらと揺れはじめる。まるで昆布のようだ。2時間近くも長湯をしただろうか。心までポッカポカになった。

白猿の湯

立ち湯の湯船

部屋に戻り、花巻駅前の酒屋で調達した「風の又三郎」を開ける。湯治にはどういうわけか日本酒がよく似合う。宮沢賢治もこうしてこたつに入ってお酒を飲んでいたのだろうか。

「雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫なからだをもち 慾はなく 決して怒らず いつも静かに笑っている」

(風の又三郎)

湯治部隣の豊沢川

いまの自分に一番欠けているもの。それは心の笑顔だ。いつもいらだっている自分がやりきれない。「風の又三郎」が乾いた心にしみていく。

   
 

藤三旅館には、白猿の湯、河鹿の湯、桂の湯、白糸の湯の4つの風呂がある。泉質はどれも同じで無色透明の単純泉だ。硫黄臭がしないのは残念であるが昭和の雰囲気が漂う湯治場がすっかり気に入った。2泊3日の湯治であったがどの風呂にも四、五回は入ったであろうか。やはり、旅館自慢の”白猿の湯”が一番よかった。白猿の湯は混浴であったが女性専用の時間帯を設けているせいか、おばあさんとですら一度も一緒になることがなかったのは残念である。

それにしても湯治部の1泊2食6000円はかなりお得である。しかも、部屋の前までお膳を運んでくれるのでゆっくり食事ができるのもうれしい。朝食も夕食も1汁5菜の心づくしの料理であった。次回は、きのこの出る秋に来ようと思う。共同炊事場で自炊をしてみるのもおもしろそうだ。湯治部に売店が二軒もあって必要な食材を売っている。10円玉を入れて使うガスコンロが置いてあるのできのこ汁がうまそうだ。他の自炊客たちと酒を酌み交わすのも楽しいことだろう。玉川温泉、後生掛温泉、鉛温泉を私にとっての三大湯治場と呼ぶことにした。

   

文・写真 森田廣海(もりたひろうみ)

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開湯600年といわれる岩手県の豊沢川沿いにある温泉。伝承では、桂の木の根から湧き出でる温泉に白い猿が浸かっていたのを発見したのが最初という。文士が愛した温泉としても知られ、宮沢賢治も童話「なめとこ山の熊」でこの温泉にふれている。宿は、川沿いに立つ藤三旅館一軒のみで、温泉は純度100%掛流しだ。

鉛温泉

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