臼杵石仏

臼杵石仏

蓮の花の中で青蛙とウリボウに出会う

早朝に辿りついた臼杵は、蓮の花に埋もれていた。天から降ってきたような透き通ったピンク色の花が、あたり一面を埋め尽くしている。青々と茂る蓮の葉は命に満ち満ちて屹立し、しゃんと首を伸ばして空を仰ぐ。じっと花をみつめていると、どこからともなく一匹のハチが飛んで来た。

それにしても、蓮の花のなんと美しいことだろう。清らかなる色。まさに聖性を表すがごとく純潔な色をしている。「泥より出でて、泥に染まらず」。凛としたその姿。淡く美しいその花弁。現世の欲に染まらずに清らかに生きる象徴として、ヒンドゥー教や仏教でこの花がシンボルとして扱われているのが判る気がする。

臼杵石仏

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ふと何気なく目を脇にやると、蓮池と田んぼの間の水路にウリボウが佇んでいた。手のひらよりも小さなウリボウ。はしゃぎすぎて親からはぐれ、水路に落ちてしまったのだろうか。水路の水にしてはあまりに綺麗な水に足を浸したまま、途方に暮れている。両側の壁はウリボウには高すぎて、何度試しても登れない。見かねて、近寄り手を差し伸べるのだが、野生のウリボウ、当然のようにトコトコと逃げ出してしまう。ひとしきりウロウロしたウリボウは水路を遡って見えなくなってしまった。水が少ないから溺れる心配はないだろうが、無事に水路から上がり、親にめぐり合うことが出来るだろうか。小さなしましまの身体の憂いと戸惑いをよそに、蓮の花は静かに揺れていた。そこへぴょんと青蛙。時折立ち止まりながら小道を横切っていく。

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臼杵石仏
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臼杵の石仏

大分県臼杵市。国東半島の南東、臼杵湾に面するこの町の外れに、国宝として名高い「臼杵石仏(臼杵磨崖仏)群」がある。平安時代後期から鎌倉時代に彫られたと言われるこの石仏達は、長い間ひっそりと緑に埋もれ、浸食されるままに風雨にさらされていた。その成り立ちには依然謎が多く、彫刻様式から年代が推測されるのみで、いつ誰が何の為に、という正確なところは判明していない。その中には、都からやって来た姫がお告げ通りに炭焼きの男と出会い、泉の水で顔を洗うと痣が消えて絶世の美女になったという有名な昔話にまつわるものもある。二人は炭焼き小屋のそばに山と積んであった金の小判で長者になるのだが、夫婦の間に生まれた娘が、不慮の事故で亡くなったことを悼み、中国から仏師を招聘し、石仏を彫らせたというものだ。学者たちは年代や辻褄が合わないとその説には否定的だが、それでもそこには大いなるロマンと夢が漂っている。

その後次第に忘れられた石仏は、地元のごく一部の人々を除いては訪れるものもなく、1000年の長きに渡り、風雨に洗われ徐々に磨耗消滅していくこととなる。いつしか石仏の下の部分は削られ消失し、頭部でさえ崩落する(古園石仏の大日如来像の仏頭)。その状態は1952年(昭和27年)3月29日に国の特別史跡に指定された後も続き、1994年(平成6年)3月に保存修復が完了するまでの間、頭部は仏体下の台座に安置されたままであった。かつては草生す中にひっそりと佇む石仏群の素朴な姿が、なんとも言えず穏やかで心地よく、周囲の豊かな自然と相まってとても素敵な雰囲気をもっていたが、修復を経て、雰囲気は一変している。立派な雨よけの覆屋が作られ、崩壊の激しかった石仏も修理補修され、全体的に小奇麗でこざっぱりとした雰囲気となった。

臼杵石仏
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化粧の井戸

炭焼き小五郎の妻が顔を洗い、顔のあざが落ちて絶世の美女になったと伝えられる井戸。

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深田の鳥居

国道502号線を臼杵石仏の方角に曲がる角にある凝灰岩で出来た鳥居。室町時代のものと伝えられる。

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