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幸福駅

幸福駅

幸せの駅へ

雄大な景色が広がる北海道は帯広の町に、その名を聞くだけでちょっと気分が晴れるような、なんだか幸せが訪れる気がするような素敵な名前の駅がかつて存在した。少し年配の方や、鉄道好き、旅好きの方ならご存知だろう、国鉄広尾線の駅の一つであった「幸福駅」だ。

周辺一帯はかつてアイヌ語で「乾いた川」を意味する「サチナイ」と呼ばれていた。「サチナイ」は、本州からの入植者によって、はじめ「幸震」と言う字が当てられる。その後、入植者に福井県出身者が多かったことから、震の字が福に変えられ「幸福」という地名になった。そして、1956年(昭和31年)11月にここに駅が出来た際にも幸福町にある駅という事で「幸福駅」と名付けられたのだ。(広尾線開通当時に隣の大正駅があった場所に「幸震駅」が作られている。)

そんな素敵な名前の駅も、当初は一部の旅人に知られる位の存在だった。駅設立当時は、観光やビジネスにおいての鉄道需要は現在と比べて圧倒的に多かったとはいえ、それほど混む路線でもなかったのだ。しかし、1973年3月に放映されたNHKの紀行番組「新日本紀行」において「幸福への旅 ~帯広~」として幸福駅が紹介されたことで状況は一変する。「幸福駅」の知名度は一気に上がり、二つ帯広寄りにある「愛国駅」とあわせて、「愛の国」と「幸福」の語呂の良さが、多くの人を惹きつけたのだ。1974年には芹洋子が歌う「愛の国から幸福へ」という歌も発売されたこともあり、前の年にはわずか7枚しか売れなかった「愛国駅」~「幸福駅」間の切符が、この年はなんと300万枚以上、4年間で約1000万枚も売れたというから驚きだ。

愛国駅

残念ながら「幸福駅」は、鉄道の駅としては国鉄広尾線が国鉄民営化直前の1987年(昭和62年)に廃線にされた際、一緒に廃駅となってしまったのだが、廃駅となった後も訪れる人は後を絶たず、今や日本国内のみならず、世界中から観光客が訪れる観光スポットとなっているのである。駅があった場所には、現在、駅舎と300メートル程の線路、そして広尾線として実際に走っていた車両が残されている。

幸福駅の魅力をフルスクリーンで見る

進んでゆくべき線路が絶えて久しい。青空の下、オレンジ色の車両は佇む。

   

愛の国から幸福の駅へ。英語と中国語で書かれた看板が立つ。

広尾線廃線に伴い1987年(昭和62年)2月2日「幸福駅」も廃駅になった。駅は機能していないが、駅舎前に売店があり、お土産品を売っている。国内はもとより噂を聞きつけた人々が海外からもやってくる。

幸福駅の駅舎。誰が始めたのだろうか、おびただしい数の名刺や写真が貼ってあった。

幸福駅

冬の駅舎。

幸福駅

駅舎内部の壁や天井にも貼られた夥しい数の名刺やカード。

アイヌ語で「乾いた川」を意味するサチナイと呼ばれていた辺り一体は、入植者によって、はじめ「幸震」と言う字が当てられ、その後入植者に福井県出身者が多かったことから、震の字が福に変えられ「幸福」という地名に。1987年まで、 帯広から広尾を結んでいた広尾線が走っていたが、民営化直前に廃止された。現在は駅舎と300米程の線路、そして広尾線として実際に走っていた車両が残されるのみだが、訪れる人は今も後を絶たない。

幸福駅
幸福駅
幸福駅
幸福駅
幸福駅
幸福駅

雪が積もった幸福駅。夏とはまた違う美しさ。

幸福駅
幸福駅
幸福駅
幸福駅

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1987年(昭和62年)2月2日広尾線廃線に伴い廃駅になった後もその縁起のいい名前ゆえに今も訪れる人の絶えない人気のスポット。「幸福鉄道公園」として整備され、売店では「幸福ゆき」の切符を購入可。駅舎やホームが残る。

幸福駅

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Japan Web Magazine 編集部

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