妻籠宿

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中山道と妻籠宿

現在の東名高速に対する中央道のように、かつて中山道は海側の東海道に対する山側の街道として、江戸と京都を結ぶ重要な街道であった。江戸、日本橋を起点とする中山道は、現在の東京都、埼玉県、群馬県、長野県、岐阜県、滋賀県を通り、京都府三条大橋まで繋がっていた。中山道の全長はおよそ135里(約533㎞)で、全長約126里(約492km)の東海道より40キロ以上長かったが、東海道中の「越すに越されぬ」大井川で足止めを食ったり、桑名一宮間の船旅で海難の危険に遭うことを嫌った人々は、多少の遠回りであろうともそのような心配の少ない中山道を選んだという。特に、江戸から京都または京都から江戸に向かう姫君や女性子供は、その大方が中山道を使った。

とはいえ、標高1500メートルあまりの和田峠を始めとして、碓氷峠、塩尻峠、鳥居峠、十曲峠、馬籠峠など、数々の峠を越える山がちな街道は難所と呼ばれる箇所も多く存在し、旅人を苦しめた。時に急峻な道程とその距離の長さゆえ、宿場も東海道の53に対し、69存在したのである。妻籠宿はそんな数多くあった中山道の宿場町の一つ。馬籠宿や奈良井宿と共に、現代もなお往時の雰囲気を残している数少ない宿場町の一つだ。

フルスクリーンで見る妻籠宿の魅力1

フルスクリーンで見る妻籠宿の魅力2

妻籠宿
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早朝の凛とした空気。透明な寒さを背中に感じながら、人っ子一人いない妻籠の道をゆっくりと歩く。かつては砂利道であったのであろう、今はアスファルトに覆われている道は、乾いた静けさをもって靴の音を弾いている。夜の間、暖かさと明るさで道を示してくれていた街燈は、いなのめの薄光の中、未だ遠慮がちに灯っていた。

ふと見上げると軒下に柿がつるされ並んでいる。柿色というよりもベンガラ色に金赤を混ぜたようなその色は目にも鮮やかに、風雨をその身に刻んだ庇や簾と、渋みと暖かみのコントラストを描く。柿達は、その身がしまり、粉吹いて、糖度が増す日を待つように、ただ大人しく整然と、白紐にくくられ、吊るされていた。

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妻籠宿は、中山道と飯田街道の分岐点に位置し、かつて数多くの旅人で賑わいをみせたという。それを証明するかのように、道の両側には趣のある旅籠が建ち並んでいる。現代では馬籠峠の先にある馬籠宿と共に、国内外を問わず数多くの観光客が訪れる人気スポットになっているが、それでも夕方は5時を過ぎると、とんと人気(ひとけ)がなくなり、朝も観光客のやってくる10時頃までは、ひっそりとしている。

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