博多祇園山笠

博多祇園山笠

博多祇園山笠

その祭りを一言で言い表すならば「凛」であろうか。「凛々しさ」の「凛」である。または「雄」と言い換えてもいい。美を伴った勇壮さ。気持ちよいほどの躍動感。祭りの期間中、地域全体、町全体を包み込む雰囲気。人々の間に漲る空気。怒涛の「波」が始まる前の独特の緊張感と、それが駆け抜けた後の爽快感。溢れる男気。迸る義侠。とにかく、格好良いのだ。目つき顔つき、仕草、音、熱気、どれもこれも小気味よいのである。それらは究竟、ここ九州は博多の男達が持つ心意気であろう。人にも自分にも恥じない生き方をしている「男」のみが漂わせる事の出来る、時に粋で、時に高貴なる品格。勿論、それを支える女達の度量と器量と気遣いも忘れてはいけない。

その「瞬間」、命は輝き、力は満ちる。博多の本格的な夏は、力強い山笠で始まる。

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博多祇園山笠

山笠の由緒

博多の山笠の歴史は古く、その始まりは1241年(仁治二年)といわれている。その年、宋より帰国した聖一国師円爾が、疫病の蔓延していた博多の町を町民達の担ぐ施餓鬼棚と呼ばれる精霊棚(供物などを飾る棚)に乗り、水を撒いて疫病退散の祈願をしながら町を清めて回った。これが祇園の信仰と結びつき、施餓鬼棚が次第に形を変え、装飾が施され、現在の様な山笠になったといわれている。さらに、江戸時代の1687年、それまではゆっくりと引いていた山笠を、町内の小競り合いをきっかけに、早さを競うような形になりそれが評判を呼んで恒例化、いつしか現在の様な追い山になったのだという。

山笠とその種類

通称「ヤマ」と呼ばれる山笠は発祥とされる博多からその他の地域にも広まり、幟山笠や提灯山笠など様々な形の山笠が運行されるが、現在の博多の山笠は、飾り山笠と舁き山笠の二種類。飾り山笠は文字通り、基本、飾るための山笠で、祭り期間中、博多の各所に飾られる。かつては運行もされていた。(明治期に電線が普及したことにより、舁き山笠と分化)。

一方、舁き山笠は神輿の様に担いで運行する山笠。博多祇園山笠の流舁き、追い山笠馴らし、集団山見せ、そして追い山笠は主にこの舁き山笠が運行される(上川端のみ飾り山笠が復活)。これを水法被に締め込み姿の舁き手と呼ばれる20数人の男衆が担ぐ。舁き山笠の重さは約1トン、高さは3~4.5m。昔は10メートル以上あるものもあったが、同じく電線の普及などで、高さ制限が出来た。

飾り山の設置場所

  • 中洲流(Nパサール)
  • 東流(呉服町ビジネスセンター・福岡市地下鉄呉服町駅)
  • 千代流(西部ガス本社)
  • 上川端通(走る飾り山・川端通商店街)(山笠終了後にぜんざい広場に展示)
  • キャナルシティ博多(中央・サンプラザステージ)
  • 川端中央街(川端通商店街)
  • 博多リバレイン(明治通り側歩道)
  • 博多駅商店連合会(博多駅・博多口)
  • 渡辺通一丁目(サンセルコ)
  • 新天町
  • ソラリア(ソラリアプラザ)
  • 福岡ドーム(福岡YAHOO!JAPANドーム)
  • 天神一丁目(福岡天神大丸パサージュ広場)(山笠終了後に九州国立博物館で限定展示)
  • 櫛田神社(本殿向って左奥裏手側に常設展示)

山大工と人形師

芸術品ともいえる美しさと細やかさを持った山笠は、毎年組み立てと解体をされながら、10年ほど使われる。長年受け継がれてきた木組みの技巧を駆使し、山笠を組んだり解体したり、激しい動きのある祭りの期間中、メンテナンスを行うのが「山大工」と呼ばれる人々。そして山笠の華ともいえる人形を作るのが「人形師」だ。かの有名な博多人形を作る職人の中でも山笠作りの技術と経験を持つ腕利きが力を合わせて作り上げる。

博多祇園山笠

山笠の要、山台

博多祇園山笠

博多祇園山笠博多祇園山笠

山笠あれこれ

キュウリは禁止?

山笠の期間中、博多っこはキュウリを口にしない。サラダであっても御新香であっても、もろきゅうであっても食べないのだという。話しによれば、給食にも出ないという徹底ぶり。これには幾つか説があるが、その一つが、神紋である祇園紋がキュウリの切り口と似ているからというもの。(実際には祇園のこの紋様は、地上の鳥の巣を表現したものとされている。)さらには、一年のうち、最もキュウリの美味しい「旬」であるこの時期にキュウリを断つ事によって、山に精進するという意味合いも強い。ちなみに京都の祇園祭の際も祇園祭関係者(特に八坂神社と須賀神社の周辺)はキュウリを食べないという。ほかに、山笠は神事であるために、祭り期間中の男女の交わりもご法度。

祇園紋祇園紋

「オッショイ」「オイサっ」

一度耳にしたら、忘れられないのがこの山笠の掛け声。この掛け声と共に舁き山が町を駆け抜けていく。特に、最終日「追い山」の、カウントダウンから、舁き山が持ち上がり、櫛田神社へと駆ける「櫛田入り」の際のこの掛け声は、鳥肌が立つほどに気分が高揚する。環境省選定の「日本の音風景100選」にも選ばれた耳に残る勇壮な掛け声だ。

勢い水

深川の八幡祭りや大東大原水かけ祭りなど、水が欠かせない祭りは各地にあるが、この博多祇園山笠にも水は欠かせない。「勢い水」(または「清水(きよいみず)」)と呼ばれるこの水によって、不浄を落とし、山に持っていってもらうという意味合いがある。また、火照った体を冷まし、山に必要な湿り気(釘を使わずに組まれている為に過度の乾燥は大敵。)を与え、摩擦で熱くなった山台の脚である胴がねを冷却する役目もある。山の先を走る男衆や沿道の人々から舁き手に向ってかけられる「勢い水」が、さらなる迫力と躍動感に結びつき、博多祇園山笠をより「らしく」するのだ。

各地の様々な山笠

博多の祇園山笠が最も有名だが、ほぼ同時期に福岡県内各地及び佐賀県の唐津や鳥栖、多久、大分県の中津などで様々な山笠が運行される。

福岡市およびその周辺

  • 伊覩神社夏祭り(福岡市西区・周船寺)
  • 小呂島祇園山笠(福岡市西区・小呂島)
  • 西戸崎神社祇園大祭(福岡市東区・西戸崎)
  • 加布里山笠(糸島市)
  • 前原夏祭り山笠(糸島市)
  • 甘木祇園山笠(朝倉市)
  • 篠栗祇園山笠(糟屋郡篠栗町)
  • 上須恵祇園山笠(糟屋郡須恵町)
  • 大島祇園山笠(宗像市・大島)
  • 段天祇園山笠(宗像市神湊)
  • 田熊山笠(宗像市)
  • 津屋崎祇園山笠(福津市)
  • 吉井祇園祭(うきは市)

北九州市およびその周辺

  • 戸畑祇園大山笠(戸畑提灯山笠)(北九州市戸畑区)
  • 黒崎祇園山笠(北九州市八幡西区)
  • 畑祇園山笠(北九州市八幡西区)
  • 則松東の山笠(北九州市八幡西区)
  • 鳴水祇園山笠(北九州市八幡西区)
  • 木屋瀬祇園山笠(北九州市八幡西区木屋瀬)
  • 前田祇園山笠(北九州市八幡東区)
  • 竹並祇園(北九州市若松区)
  • 二島祇園(北九州市若松区)
  • 脇田祇園(北九州市若松区)
  • 岡湊神社祇園山笠(遠賀郡芦屋町)
  • 東黒山祇園山笠(遠賀郡岡垣町)
  • 島津の祇園祭(遠賀郡遠賀町)
  • 老良祇園(遠賀郡遠賀町)
  • 猪熊祇園山笠(遠賀郡水巻町猪熊)
  • 苅田山笠(京都郡苅田町)
  • 八屋祇園(豊前市)
  • 中間山笠(中間市)

筑豊

 

  • 春日神社例大祭(宮若市)
  • 日吉神社祇園祭(宮若市)
  • 直方山笠(直方市)
  • 飯塚祇園山笠(飯塚市)
  • 川渡り神幸祭(田川市)
  • いなつき祇園山笠(嘉麻市)
  • 糸田祇園山笠(田川郡糸田町)
  • 福丸祇園山笠(宮若市)
  • 赤池山笠(赤池町)

佐賀県

  • 浜崎祇園山笠(唐津市)
  • 相知くんち(唐津市)
  • 徳須恵祇園山笠(唐津市)
  • 中島山笠(唐津市)
  • 納所くんち(唐津市)
  • 小川島祇園祭(唐津市)
  • 鏡くんち(唐津市)
  • 神集島祇園山笠(唐津市)
  • 小友祇園山笠(唐津市)
  • 唐房祇園山笠(唐津市)
  • 星賀山笠(唐津市)
  • 湊祇園山笠(唐津市)
  • 本山くんち(唐津市)
  • 屋形石祇園山笠(唐津市)
  • 鳥栖祇園山笠(鳥栖市)
  • 多久山笠(多久市)

大分県

  • 中津祇園(中津市)
  • 日田祇園(日田市)

博多祇園山笠のスケジュール

博多と福岡

ところで、九州一の街、博多には一つ紛らわしいものがある。それはその呼び名だ。単に福岡は県名・市名で博多が街の名前かと思えば、さにあらず。街の中にも「博多」と「福岡」が入り混じる。まず、行政上の呼称は福岡市。空港名も福岡の名を冠する。しかし、メインステーションたる中央駅は博多。人も「博多っ子」。名産品にも、博多人形に博多独楽、博多織、博多帯、博多曲げ物、博多鋏と博多の名がつく。地元「博多っこ」や博多の歴史に詳しい人なら、その呼び分け、呼び名が二つ存在する理由、普通に知っているであろう事かもしれないが、知らない人からすると、少々ややこしくて紛らわしい。

海に面し、古くから交易の中心地として栄えて来た博多がなぜ、福岡とも呼ばれるようになったのか。話は江戸時代初期に遡る。関が原の戦いで徳川家康側につき、一番の勲功をあげた黒田長政は褒美として筑前国52万3千石を封ぜられる。まず名島城に入城した長政はその後、福崎丘陵と呼ばれた場所にを築いた。そして福崎の地を、黒田家縁の地「備前国福岡」に因み、福岡とする。それが筑前福岡の始まりだ。以後、町の中央を流れる那珂川を間にして、西側(福岡城側)の武家町が福岡、東側が博多と呼ばれるようになった、というわけだ。その後明治の世になり、新しい市政のしかれた明治22年、博多と福岡を併せた福岡市が誕生した。市名を福岡としたことで当然、博多側からは反発が起きるが、翌年に開通した博多と久留米を結ぶ鉄道の福岡の駅名を「博多」と名づける事で、その不満を抑えたという。

博多祇園山笠
博多祇園山笠

日常生活において、確かに言葉は大事だ。理屈や理論も大事。しかし、この世の中にはそれらを越えた「心」の世界がある。例え表面的に人や自分を騙せても、本当の所はきっと騙せない。もしかしたら、仮初めに嘘をつき、言葉を濁し、物事を一時的に自分本位に持って行くことは、出来るだろう。しかし、「真の真」では騙す事はできないのだ。真実は変わらない。だからこそ大事な心意気。本当に大事なものは、微塵たりとも揺らぎはしない。そして、この「博多祇園山笠」とは、そんな「心」と「意気」を持った人々の祭りなのだ。

7月の1日から一連の行事が執り行われる「博多祇園山笠」、いよいよ期待と興奮が最高潮に高まる15日早朝4時59分、フィナーレ「追い山」の幕が切って落とされる。

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