金閣寺

金閣寺

美の功罪

金色というのは不思議な色だ。美しく光り輝き、抗いようのない魅力を持つ反面、その美しさゆえに人を惑わせ狂わせてしまう。その輝きと美しさゆえに、有史以来一体どれだけの血と涙が流されてきたことか。歴史に「もし」はないが、例えばもしインカやアステカに黄金がなかったら、ピサロやコルテスによって先住民が大量に殺されることも無かったかもしれない。

その黄金(金箔)をふんだんに使用して建立された日本の建築物といえば、奥州平泉の金色堂と金閣が有名だが、そのどちらも麗しいその姿の影に悲しい歴史を持つ。「黄金」の持つ美しくも妖しい魅力(魔力)がそれらをも引き付けてしまったのだろうか。

足利義満が1397年(応永4年)、廃絶同様であった西園寺を改築し作り上げたのが「金閣寺」だ。義満存命当時は「北山第(第は屋敷という意味を持つ。「邸」)」、もしくは「北山殿」と呼ばれ、出家してなお権力を握り続けた義満の政所となっていた。義満死後、「北山殿」は4代将軍足利義持(義満の子)によって、舎利殿(所謂金閣)を残して全て壊され、禅寺「鹿苑寺」と名づけられる。その名の由来は義満の戒名「鹿苑院」から。この義持の行為は、同じ兄弟でありながら異母兄弟の義嗣ばかりが可愛がられ、父・義満の偏愛と独裁に苦しんだ義持の恨みから来ているとも言われている。

この鹿苑寺(金閣寺)は貴族と武家の文化の融合、折衷である北山文化の代表的建物だが、創建時から近年に至るまでに、「応仁の乱」(1467年(応仁元年))を始めとする数々の戦災などによって幾度も燃えている。中でも、最も有名かつ一抹の物悲しさを湛えている焼失事件が、三島由紀夫や水上勉によって小説にもなっている「昭和の炎上事件」だろう。ご存知の方も多いと思うがこれは1950年に起きた学僧による放火事件だ。国宝「金閣(舎利殿)」を始め、義満の木像、観音菩薩像、阿弥陀如来像、仏教経巻などの国家的文化財宝が焼失した。この事件は、裏山で自殺を図っていた容疑者の学僧が身柄を拘束され、その後呼び出された学僧の母親が事情聴取の帰り道に保津峡に飛び込んで自殺するというなんともやりきれない結末で幕を閉じている。

一体、彼は何故放火したのか。その真相は闇の中だが、世間や親に対するストレス、吃音であったことや不幸な生い立ちから来る厭世感情と、その対極に位置するような「美の象徴」である金閣の存在が、彼自身の中に「破壊衝動」を形成し、それがついには形として現れたものではないかといわれている。まさに黄金の美しさが引き金となって、一人の学僧の運命を狂わせ、彼の母親の命さえも奪ってしまうという痛ましい事件となったのである。

かけがえのない貴重な人類の文化財産が灰燼に帰してしまったという結果と共に、その一方で、ある個人の、またはある特定の人々の運命さえも変えてしまうほどの「美」の物凄さ、恐ろしさ、業の深さを感じぜずにはいられない事件だ。

金閣寺
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いつの時代も民は為政者の気まぐれに左右される。「金閣」は一握りの人間の「芸術」感覚または虚栄の具現かもしれない。そして、それが叶う為に、それが叶えられる為に、その陰で一体どれだけの民が糊口を凌ぐのもやっと、という苦しい生活を強いられていたのか。それは或る意味、人として生まれついての逃れられない定めなのかもしれない。世界がある一定の法則で動いている以上、それは詮無き事なのかもしれない。いうほどこの世は平等ではない。「持てる者」と「持たざる者」がいて、「支配する者」と「される者」がいる。なるほど、「芸術」は余裕や無駄と切り離せない。人類の至宝として、これら「芸術品」を見た時に、その素晴らしくも美しく賞賛されるべき作品達は、「持てる者」、「支配する者」が美的、感覚的、虚栄的欲望と欲求を満たすために作られなければ、この世に存在しなかったかもしれない。「金閣」もまさにその中の一つなのだろう。

確かに、無駄のない人生などつまらない。それは明白だ。無駄こそが余裕を呼び、新たな風を運び込み、人の心に虹色の空気を作り出す。無駄があるからこそ、物には価値がある。無駄そのものは無駄ではない。芸術があるからこそ、人間の生活は豊かなのだ。しかし、無駄を遙かに通り越した美麗で豪華絢爛な建築物や工芸品を見るたびに、その価値の高さとは裏腹に、複雑な思いに囚われてしまうのもまた事実だ。

目を輝かせ嘆息の声を上げる修学旅行生や、外国人観光客。金閣に足を運ぶ度に必ずといっていいほどめぐり合う光景。金閣は確かに美しい。ため息が出る。無駄の是非と、芸術の功罪と、美の憂鬱について考えながら、一方で、美しいものは純粋に美しいとも思う。人によっては「好き嫌い」を含めて様々な好みがあるのかもしれないが、池に映える金閣の姿はやはり美しいと思ってしまう。

金閣寺

美は人を惹きつける。人々が感動し、賛美し、「金閣」という存在が、誰かの心に、誰かの記憶に「何か」を残してゆく様な、そんな情景を見る度に、「人に感動を与える」「人に喜びを与える」という、本来の意味での芸術的価値をこの金閣もやはり有しているのだということを再認識させられるのだ。だからこその複雑な思いでもある。

人の苦難と哀しみを吸い込んで出来上がった究極の美。確かに「芸術」に、その存在意義を問うのはナンセンスだ。それがそこにある。ただそれだけだ。そして、それが存在することによって、さらなる感情は巻き込まれていく。それだけのことだ。歴史の間に美が羽のように舞う。

「金閣」・・・強大な権力ゆえに成立しえた美。そして、それはいつしか「本当の美」になるのだろうか。一抹の物悲しさと憂いを散りばめたこの美しき「人類の至宝」は、今日も京の都で、人々に感動と驚嘆を与え続けるのである。

金閣寺

        

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