熊本城

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難攻不落の城

日本三名城の一つと言われる熊本城は石垣作りの名人、築城の名人と言われた加藤清正によって築かれた。1607年のことだ。数多くの戦(いくさ)に赴き戦い抜いた清正がその実戦経験を生かし、随所に様々な防戦防衛攻撃の為の工夫が凝らされている。その麗しさで名高い松本城に触発されてデザインされたともいわれる熊本城。松本城同様黒く塗られた外壁が印象的だ。その雄々しく力強い色姿は空に映え、遠くから見てもその存在感は際立っている。

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上部にいくほど垂直に近くなる「武者返し」と呼ばれる堅牢な城壁は長きに渡り熊本城を守ってきた。近代兵器が使用された、かの西南戦争の折もこの城壁を甘くみた薩摩軍は誰一人として城内に入れなかったという。薩摩軍14000人に対して、城を守っていた官軍側は僅か4000人。清正の作り上げた熊本城の守りがいかに堅牢であったかを如実に示すエピソードだ。薩摩軍の西郷隆盛は、「官軍に負けたのではなく、清正公に負けた」と語ったという。

堅牢な石垣のみならず、籠城の際に役立ったのが城内に沢山彫られた井戸。その数120余。蔚山城籠城戦で水の必要性を痛感した清正が命じて掘らせたもの。

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「忍び返し」と呼ばれる下向きにびっしりと並んだ鉄串。文字通り、忍者などの侵入を防ぐ為のものだ。

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姫路城などの漆喰で塗られた白い城壁に比して、特徴的な熊本城の壁の黒色は木材に塗られた黒漆や柿渋の色。雨風や虫などで腐らないように塗られたものだ。

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宇土櫓(うとやぐら)。西南戦争で大小の天守は焼け落ちてしまったが、焼失せずに残ったのがこの宇土櫓。国の重要文化財に指定されている。

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1874年に撮影された備前坂から見た熊本城。西南戦争で焼失する前の姿。(撮影・富重利平 長崎大学図書館所蔵。)

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城の入り口に掲げられた加藤清正の蛇の目紋(右)と細川忠利の九曜紋(左)。

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加藤清正の桔梗紋。加藤清正は軍旗には蛇の目紋を用いたが、城の瓦には桔梗紋を用いた。

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