遠野 河童は胡瓜で釣れるのか

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河童(かっぱ)は胡瓜で釣れるのか

遠野は数々の伝承民話が残る里だ。美しい田園風景、風に揺れる黄金色の稲穂、遠くに見える山並み、さらさらと流れる清流・・・。確かに、そんなもの眺めていると、この地に多くの民話が語り継がれてきたその理由がなんとなくわかる気がする。柳田國男はこの地で地元民によって語り継がれる民話を収集し「遠野物語」として本にまとめた。本編と続編あわせて400話以上の物語だ。妖怪や天狗、様々な神様、今で言う超常現象に近いものや、摩訶不思議な話までその内容は多岐に渡る。自然の中で、自然に逆らわずに、自然と共に生きてきたであろう人々。風を大事にし、水を守り、木に倣い、生命を育む。掟を大切にし、時に、「都会人」がしたり顔で「迷信」と呼ぶようなものさえも、教えとして教訓として戒めとして、守られ、語り継がれ、継承されてきた。きっと「都会人」が忘れてしまったものがそこにはある。外から見た日本っぽさ「ジャパネスク」ではない、本当の「日本」、普通の「日本」がそこにはある。私達が失いつつあり、そしてもう既に失ってしまったのかもしれないもの、それがそこにはある気がする。

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今ほど、自然を失っていない時代、人々の生活は妖怪やモノノケや霊やお化け、妖精などと共にあった。電球が発明されたのはつい130年ほど前の話。それ以前にも勿論、ランプや行灯、ろうそく、かがり火など、人口的な光はあったが、夜になると世界は圧倒的に闇に支配された。そして昼間であっても、不可知不可思議なものがあたりにはごろごろころがっていた。わからないことだらけ、知らないことだらけ。そんな世界では当然のように、異なるものも存在していたのだ。

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かっぱ淵

かつての遠野の人々の生活文化を後世に伝える為の施設「遠野伝承園」。馬と共に暮らすための家「曲がり家」や「養蚕」「水車」「昔話」「しきたり」などなど、遠野の人々が大切に守りながら暮らしてきた様々な文化を今に伝える。

その伝承園から歩いて数分の場所に常堅寺とよばれるお寺がある。頭のところがくぼんで水が溜まるようになっている「かっぱ狛犬」があることで有名なお寺だ。なんでもその昔、寺が火事に見舞われたとき、かっぱが消火の手伝いをしてくれ、それ以来かっぱ狛犬として寺を守っているとか。

そして、その常堅寺の裏手にある淵が「かっぱ淵」と呼ばれる場所だ。かっぱの話としては定番の、かっぱが人や馬を水に引きずりこもうとしたりとイタズラを繰り返していたという伝説が残っていて、過去の目撃談も多くある場所だ。火事の消火を助けてくれたのは改心してからのかっぱなのか、かっぱ淵のかっぱはある日イタズラしているところを捕まり、村人に殺されそうになったが、手を合わせて許しを請う姿を不憫に思われ許されたそうだ。このかっぱ淵、川のほとりには祠があって、かっぱが祀られていながらも、かっぱを釣ろうと胡瓜がひもに結ばれ川にたらされているという、不思議な場所でもある。

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頭のてっぺんが窪んだかっぱ狛犬(右)

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川の神、水神の化身、妖怪、絶滅寸前の両生類・・・遠野物語にも天狗などと並んで出てくる「河童」。様々なイメージで描かれるそんな「河童」の伝説は日本各地にある。伝説のみならず目撃情報も多々あるのだ。非科学的なものを「科学的」に見ようとするならば、それは荒唐無稽かもしれない。人々の、恐怖や好奇心などから来る想像と創造の産物なのかもしれない。しかし、この世には筋があり、道があり、源がある。例え幽霊だと思った或るものの正体が枯れ尾花だったとしても、それはすなわち幽霊がいないということにはならないのだ。「迷信」と呼ばれるもの、それらも「迷信」ではないのかも知れない。それが生まれた過程があり、それが存在しそうな理由がそこにはある。「河童」がただの想像上の動物である、と言い切ってしまうのは簡単だが、それでも「絶対に存在しない」と証明することは出来ないだろう。

私達人間が知らないことはこの世にはまだごまんとあるのだ。そして遠い昔に忘れてきてしまったもの、持っていたのに失ってしまった能力だってあるに違いない。自然の声を聞くことや、何かの存在に気がつくこと。木は切られる時、微弱ながらも電流を発するという。それは木の「声」かもしれない。本来ならば、人間にも聞こえていた種類の声なのかもしれない。

「河童だって、居たって何も不思議はないではないか。」かっぱ淵のほとりに立っていると、つとそんな気がするのは、すでにかっぱに巡りあっているからなのだろうか。

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釣竿と糸の先にくくりつけられたキュウリ

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かっぱ淵とはまた趣を異にする「不思議」空間。なぜか某アニメのキャラクターまで・・・。

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常堅寺

「カッパ狛犬」の寺として知られる常堅寺は1490年(延徳2年)大聞秀宗禅師により開山された寺。ご本尊は釈迦如来で、遠野郷の曹洞宗十二ヶ寺の筆頭。隣接するカッパ淵に住んでいたカッパが、常堅寺の火事を消して狛犬になったと伝わっている。山門にある慈覚大師の作と伝わる白木の仁王像二体は、早池峰山妙泉寺にあったものを妙泉寺が廃寺になった際に移したもの。

アクセスは釜石線の遠野駅から早池峰バス「西内」または「恩徳」行きで22分、「伝承園前」下車、徒歩5分。開門時間は8時30分~16時30分。〒028-0555 岩手県遠野市土淵町土淵7-50

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曽慶川かっぱ伝説

名勝として名高い猊鼻渓から程近い場所にかっぱ井戸と呼ばれる場所がある。曽慶川という清らかな川が流れ、涼やかな風が吹き抜ける。暖かい午後には昼寝をしたくなるようなとても長閑で美しい場所だ。ここにもかっぱの伝説が残る。緑が生い茂る清流、大きな畳岩、淵。まさに河童の現れそうな場所。

「川下と川上に棲んでいる別の河童達が、雨が降らずに皿が干からびそうになった時に、「旱魃の時にも水の涸れない」というこの畳岩の噂を聞きつけやってきて、初めは水の取り合いになり争うものの、やがて仲良くなる」というなんとも微笑ましい伝説だ。

畳岩の上で日向ぼっこをしていたら、綺麗な瑠璃色をしたミヤマカワトンボがひらひらと飛んできた。水にちょんちょんとお尻をつけながら、又、宙を舞い、そして岩場でちょこんと休む。その繰り返し。青空の向こうには深い白色をした雲が浮かび、水面を渡ってきたひんやりとした風が、火照った身体を冷ましてくれる。ゆっくりと流れてゆく午後のひと時。雲の流れのように、ゆるやかに思考も流れてゆく。

ぼんやりと物思いにふけっていると、突然、すぐ鼻の先をトンボが行き過ぎ、そして畳岩の向こうの淵で、「ひたひたひた、ちゃぽんっ」と大きな音がした。笑い声のような何かの声がして、魚のような独特の匂いが、目の前を一瞬通り過ぎてゆく。「ん??もしかして・・・」

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遠野 かっぱ淵

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曽慶川 かっぱ井戸

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