大門神社

大門神社

「その参道の入り口に 見上げるほどの木が二本」

大門神社

それは数年前の夏の午後のことだった。

その日は石巻から一関街道を北上し一路平泉に向かっていた。空はどこまでも青く、雲はどこまでも白い。夏とはいえ、東北の地。開け放した窓から入ってくる風は心地よく、ラジオから流れてくる曲を口ずさみながら、快適に一人のんびりと車を走らせていた。時折すれ違う車も心なしかゆっくりとしていて、緑溢れるその道も長い長い夏の日もどこまでもどこまでも続いていく、そんな気がするほどだった。

自動販売機で炭酸飲料を買い込んで渇いた喉を潤し、また走り出してから5分後くらいだったろうか。道の右側に大きな木が二本並び少し奥まった所に鳥居が立っている姿が目の端に引っかかった。「何かに引っ張られる」とはあの事だろう。なぜか、そのまま通り過ぎてしまうことが出来ずに、100メートル程過ぎてから後、Uターンをして戻り、車を停めた。

きっと物事にすべて理由があるわけではない。理由もなく上手く説明も出来ないけれど、なんとなくそうしてしまう、そんなこともこの世界にはあるのだろう。さして神社や寺に思い入れがあったわけでもなく、何か霊的なものを感じた、などとそんな大仰なものでもない。ただなんとなく行過ぎることが出来ず、ただなんとなくUターンをした、それだけのことだ。

車数台ほどの狭いスペースに駐車し、「なんとなく」そんな気分のままに鳥居のほうへと歩き始めた。車窓から一瞬だけ見えた景色はまじまじと改めて見ると、とても普通の光景だった。ことさら素晴らしいというわけでもなく、さりとてつまらないというわけでもない。少し山あいの街道筋や里山の道沿いにある神社の階段のような、静かで落ち着いていて奥ゆかしい、「普通」の光景だった。そしてそんな「普通」の光景こそが心のどこかで追い求めているものだった。

そこにつと佇んでいるだけで、何かこう心が穏やかになっていくような、衒い(てらい)も虚栄もなくなって、そっと柔らかな呼吸が出来るような、そんな空気。子供の頃の夏休みの一日の終わりのような、けだるさと楽しさと懐かしさが同居している感覚。幾重にも重なる木々の葉の間から光の筋が差し込んで、それはまるで純粋世界の粒子のようにあたり一面にまろび跳ね回る。その光の粒が一度(ひとたび)肌に触れたなら、さながらそれは天女の羽衣で表皮を優しく撫でられるように、ゆるり感覚器官はざわついて、そしてたおやかに風に揺れる雪柳のようにはらりはらりと散ってゆくだろう。

とてもとても「普通」の光景。それは、とても平和な気配。とてもとても幸せな風景。鳥居をくぐると二歩三歩。そこから空気は変わっていく。この感じを受けるのは何度目の事だろう。そこを境として、手前と奥では世界が変わる。全てはその線ゆえに。全てはその境目ゆえに。薄絹のような空気の膜は外界と内界をそっと隔てている。そこにはきっと澪標(みおつくし)が立っている。有の世界と無の世界。千変万化。剥落地衣。幽玄なる世界のまにまに炬火の煙が舞いこんで行く。

石段抉る(こじる)その隙間から、何かを浮け据うように夏草は萌え、ロシアの森の廃屋の、壊れた窓に差し込んだ優しく白い太陽は、陸奥の里にやってきて、小さな泉に反射してあたりを緩徐に染めてゆく。黄色幽し(かそけし)名もなき花は、テントウムシと戯れていた。階段にしゃがみこんで、その様子を見ていたその時、突然ふわーっと何かの視線を感じ、一瞬真皮がざわついた。何気に顔をあげて階段の突き当たり、20メートルほど上をみるとそこにはこちらを凝視する「山の神」がいた。威厳のある面持ちで、アゴの脇には毛を生やし、両の足を揃えたまま、こちらをじっと見下ろしていた。水晶体を通り抜けて、頭の後ろまで見透かされてしまうような暖かくそして鋭いまなざし。固まったまま動けずにいると、彼は蹄(ひづめ)をかちりと当てて、くるっと踵(きびす)を返して後ろに消えていった。

夢の中で見る夢はきっと夢だと気付かない。瞑目しながら前を見て、刮目しながら目を閉じる。そしてそのまま消えてしまう。全ては一瞬。それは麗容。笑いながら。泣きながら。

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大門神社と藤原不比等伝説

大門神社は奥州は陸奥の国岩手県の中ほど一関市花泉町にある神社だ。白山信仰の流れを汲むといわれるこの神社は白山姫神のほか大己貴神、雷神をご祭神としている。709年に創祀されたと伝えられ、717年に、藤原不比等は何らかの関わりをもち以後大門神社を深く崇敬し仏像を寄進したという。藤原不比等といえば大化改新で中大兄皇子(天智天皇)の信頼を得、天皇の側近となった中臣鎌足の子で実質的な藤原氏の祖といわれる人物。そんな彼が朝廷の地(奈良)から遠くはなれた陸奥の国の神社と関連があったというのは興味深い。

また大門神社は、奥州藤原氏(1087年~1189年)の南の大門跡という言い伝えもあり平安時代後期から鎌倉時代に作られたと伝えられる木造地蔵菩薩半跏像 (もくぞうじぞうぼさつはんかぞう)や伝水月観音立像など四体が境内に今も残り、当時の文化を知る上での貴重な手がかりになっているという。これらは岩手県の有形文化財に指定されている。

大門神社
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