津軽の風景

津軽

美しき北端の地「津軽」

「ここは、本州の極地である。この部落を過ぎて路は無い。あとは海にころげ落ちるばかりだ。路が全く絶えてゐるのである。ここは、本州の袋小路だ。読者も銘肌せよ。諸君が北に向つて歩いてゐる時、その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に到り、路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである。」「津軽」太宰治

津軽

最北の地はどこも似ている。

風吹きすさび、波は陸地を穿つ。山は雄々しく聳えそして怒涛の海におちこんでいく。

荒々しく削られた海岸線は大きく弧を描き、そして水平線へと消えていく。緑は地を低く這い、石は静かに黙る。

ノルウェーしかり。アラスカしかり。ロシアしかり。北海道しかり。

その光景はどこも変わらない。

渺漠とした孤独。
静かなる寂寥。
たゆたう深哀。
途切れぬ憂思。
そしてそれら全てを包み込む。
雄大な自然。
圧倒的な力強さ。
大いなる優しさと懐かしさ。

それと感じるのは北の血が身体のどこかに混じっているからなのか。
それともそれは、生命体として極に左右されずにはおかれない、不可避的運命によるものなのだろうか。

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津軽
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本州最北端、青森県津軽半島も、北の地特有の魅力に溢れている。時にそれは魔力とさえいえるのかもしれない。どうにも抗いようの無い力なのである。絶対的な美しさ。厳しい環境にさらされるゆえの懐の深さ。そしてその中で暮らす人々の素朴な温かさ。食の豊かさ、美味さ。全てにおいて、常に襖一枚向こうにある厳しさや過酷さが、対照的な形でもってそこにあるのだ。過酷な環境、それらを通過したもののみがわかる偽りの無い温かさでもって、出迎え、見守ってくれるのだ。対比的な美しさや温かさが満載なのである。

津軽

「津軽」は、青森の東部「下北」に対し、青森西部地域を指す。広義には青森市も含まれるが一般的に津軽地方というと弘前、五所川原、黒石等の都市と青森西北部全般をさすことが多い。弘前や黒石はかつてその名を冠した藩であり、今も町並みにその名残がある。特に弘前は江戸時代、弘前城下の町として栄えた。又、日本海側の深浦や鯵ヶ沢はかつて北前船の寄港地として賑わい特に鯵ヶ沢は津軽米の輸出地として重要な役割を担っていたという。

雪の深い地域であり、特に山間部は積雪が多く冬季は交通が断絶されることもしばしば。しかし、そんな立地ゆえの魅力溢れる秘湯「青荷温泉」や「温湯温泉」、「古遠部温泉」は人気だ。また日本海側の不老不死温泉なども名高い。

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また豊かな自然も魅力で、世界遺産である白神山地十二湖十三湖、夕日の美しい千畳敷、りんごの花咲く岩木山への道など、素晴らしい景色が至る所に溢れている。

津軽
津軽津軽

津軽津軽
津軽

人は定温動物である。外界がマイナスであろうと、プラスであろうと、体はある一定の温度を保ち続ける。とはいえ、その範囲はこの世界に存在する温度から見たらごくごく狭い。人が通常生きていかれる温度はせいぜいプラスとマイナス摂氏50度くらいまでだろう。暑さにも寒さにも同じようなふり幅で強くはないのに、なぜ人は暑さよりも寒さを好まないのだろう。イメージなのか。細胞や原子の活動状況と外温度が比例するからなのか。それとも先天的に刷り込まれた何かが作用しているのか。

津軽津軽
津軽津軽

陽気、賑やか、花、太陽。一般的に見てポジティブな常夏の国のイメージに対し、北国に対するイメージは、暗い、寒い、静か、雪。それらは必ずしもネガティブとは言わないにしても、なんとなく想像するだけで、気分が閉じる人が多いのではないだろうか。それはやはり、哺乳類が過酷な氷河時代を乗り越えた時の記憶の残滓が今もどこかに残っているからなのか。

津軽津軽

しかし、それらのイメージは決して北国の魅力を失わせるものではない。むしろ、それらこそが、北国を魅力的な場所たらしめているといっても過言ではない。北国の魅力。短い春も夏も秋も。そして勿論長くて暗い冬も。叙情と切なさと温かさ。厳しさと優しさとひたむきさ。静寂と控えめと芯の強さ。それらが訪れる人々を惹きつけてやまないのだ。

津軽津軽

表面の擦り傷は増えても、芯は揺るがない。それが北の地である。ふと思い立ったら、汽車を乗り継いで、または車を走らせて、もしくは飛行機に乗ってこの地に足を運ぶことをおすすめする。甘やかされはしない。けれども、厳しさの中に同存するとてつもない柔和でもって出迎えてくれるはずだ。日常の中で曇ってしまったかもしれない目を、少しだけ綺麗にしてくれるはずだ。

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