乳穂ヶ滝

乳穂ヶ滝

津軽の聖地

まるで天空から静謐な気の雨が後から後から降り注いでくるような感覚。ひっそりと静かに佇みながら、それでいて何者にも屈しないような強靭な力が辺りを支配する。包み込まれるような安心感の向こうにはどこまでも真っ直ぐな透明がある。静寂は無ではない。誠意は言葉ではない。無垢なる記憶。その前に虚実は霧散する。不実は膝を折る。崇高なる純粋。気高き幽玄。継続がある日突然形となるように、連続はやがて存在そのものになる。

青森県中津軽郡西目屋村。青森県の南西部から秋田県北西部にかけて、およそ170平方キロの範囲にわたって広がる世界遺産「白神山地」への東側からのアクセスの拠点となる場所だ。世界遺産に認定された白神山地核心部分こそ170平方キロメートルだが、さらにその外側に広がる山林もあわせると全体で1300平方キロメートルという広大な山地となり、その周辺に位置するこの西目屋村も豊かな自然溢れる静かな村だ。

その西目屋村の役場から程近い場所に、乳穂ヶ滝はある。県道28号線を走っていると深浦方面なら道の左側、弘前方面なら道の右側に突如現れる、気の塊が凝縮されたような状態で充満している空間。そこが乳穂ヶ滝だ。数台止まれる駐車スペースに面して剣と灯籠が立ち、その奥に巨大な杉木立。ゆるやかに道が登ったさらにその奥に、さながら天然のステージの様にも見える半洞窟様の場所があり、上から一筋、白絹のような滝が落ちている。せり出した崖の下、滝の後ろ側部分に当たる空間に踊り舞台の様に材が組まれ、何かが祀られているのがわかる。人と比べてもとりわけ信心深いほうでも霊感があるほうでもないが、そこに何かが祀られている事に全く違和感を感じないほど、いや、むしろそれが当然であると思えるほどに、その空間は清く、聖なる気に満ちている。ただただ清く、そして美しい。ただそこに在る、それだけで、元気になるような、そして謙虚になるようなそんな場所なのだ。

乳穂ヶ滝

現代社会に生きる私達は知らず知らずのうちに、何かを忘れ、何かを失っていく。それが進化なのか、退化なのか。人それぞれ思いは違うだろう。そもそも何かを判断するその位置さえも、既に何かに侵されていて、感覚を研ぎ澄まそうにも、研磨するものそれ自体がぼんやり丸くなってしまっている。元に戻ろうとも、己がどこに居たのかもよく判らない。情報は錯綜し、世界そのものが曖昧模糊と化しつつある。パワーは個を押さえ、個はパワーの前に自己を薄めてしまう。知らず、無気力になる。無関心になる。全否定も全肯定もない。総論賛成、各論反対というわけでもない。すべてが滲んでまったりとし、ただただその場を打っちゃっていく、そんな雰囲気が充満する。

でもきっと、大事なものは消えはしない。それを知覚する感覚。それを認識するだけの力が人にはまだ残っているはずだ。そして、それは自然の中に在る。自分達が、その一部であることに気付く。そこから何かが始まる。それは自ずと人を謙虚にし、そして「気」を元に戻す。本来的に持っている力。自己治癒力、自己免疫力のようなもの。そこに「在る」もの、それは宗教でもイデオロギーでもない。「自然」そのものだ。自分自身だ。

大事な事、きっとそれは目の前にある。きっとそれは足元にある。手の届く、そんな場所にある。それに気付くか気付かないか。それが問題だ。

美しい津軽の手付かずの自然の中に佇む美しい滝。何かにちょっと迷ったら、是非足を運んでみてほしい。劇的な瞬間は訪れなくても、心の奥底か身体の芯に、何かをそっと与えてくれるだろうから。遠い夢の中で透明な音を立てる鈴の音の様にそれは小さくとも、可憐に素敵に響くはずだから。

乳穂ヶ滝
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