土砂降りの雨とウザギとマザーツリー

白神山地

土砂降りの雨とウザギとマザーツリー

次の町まで行ってしまうつもりだった。ほんの軽く行けてしまう筈だった。それがどこでどうなったのか。

海沿いのスーパー。閉店間際の半額セール。甘エビと寿司二パックを購入した。それにビールと缶のウイスキー。その町が近くなったら、適当な場所で車を止めて車中泊の準備をし、空っぽの胃に寿司をほおり込み、ビールを飲んでウイスキーをあおり寝てしまうつもりだった 。甘エビを先に食べようか、寿司をニパック先に食べてしまおうか。寿司一パック食べたら、甘エビを食べて、もう一パックはそれから食べようか・・・。そんなどうでもよい事をつらつら考えながら鼻歌交じりで運転していた。

遠くに見えていた漁火が雨でけぶって霞む頃、左に折れて山道に入った。山道といっても舗装されたニ車線道路。冬季は通行止めになると書いてあったがそれは雪のためだろう、何もないこの季節、さらっと抜けられるものだとたかをくくっていた。

どしゃぶりの雨の中、山越えの道路はいつしか砂利道になっていた。日は疾うに沈み、辺りは真っ暗だ。何気なくふと燃料計をみると残量あと一メモリ。「あちゃー」と思う。でももう引き返せない。

道はどんどん細くなり、地面はぼこぼこになっていく。時折思い出したように現れる路面にそぐわぬ立派な標識は、次の町までの距離を告げる。何年か後に完成されるのであろうか、舗装がいまだ途中で放置されたままのその道が導いていくその町は、依然70km先にあるらしい。峠を越えたその先に目指す町はあるらしい。

随分走ったつもりでいたが、砂利の山道。速度がそれ程出るわけもなく、遅々として進まない。ゆっくり行っても一時間ちょいでなんて軽く踏んでいたのが、二時間たっても半分も来ていなかった。

道の傾斜とカーブの度合いは標高があがるにつれますますきつくなり、視界もさらに悪くなっていく。試しにヘッドライトを消してみると、真の闇があたりを包みこむのだった。

雨はいよいよ激しくなっていく。

雨粒が木を叩き、地面を殴り、車体の上を跳ねまわる。その音以外、それ以外、耳には入ってきはしない。永遠に続くようなその音が、存在そのものを飲み込んで全てを消し去っていくかのように、汚穢を洗い流していくかのように、連続した濁音となって落ちてくる。迫ってくる。

天から地へと、右も見ず、後から後から降ってくる。走っても走っても、背中に張り付いてそれはどこまでも追ってくる。

それでも、百八十度に近い鋭角カーブの連続。スピードもだせないので雨に飲まれるしか術はないので、目を凝らしつつぼーっと緊張しつつ、のたのたと、がたがたと、進んでいると突然、目の前にウサギが現れて懸命に駆けていった。はっと目が合った次の刹那、一目散に逃げていく。まさに脱兎のごとく。

暗闇支配する雨の山の中、傘もささずにうさぎ稼業も楽じゃないなぁ・・・なんて思ったり。路肩の小岩だと思ったのが、あわてることさえ出来ないようにゆっくりのそりと動く子ウサギだったり。道の真ん中に佇む蛙が動いた瞬間それと知り、なんとかギリギリでよけたりしながら走っていると、右側が開けた場所に出た。

正確に言うとあまりの雨の激しさによく見えず、「右側がなんとなく開けているような気がする」場所に出た。暗いのと雨のせいでよく見えないのだが、どうやらそれは駐車スペースであるらしい。右後方を見ると トイレのようなものまで設置されてある。

即決だ。

車を止め、シートを倒し、寿司をほおばる。ビールをあおる。ぺこぺこもここに極まれりというくらい腹減りで、あっという間にパックは空になる。そしてそのままウイスキーの水割りを一息で飲み干して、雨音をしばし聞いていたら、気がつくと夢の中だった。

翌朝、明るくなった4時少し過ぎに目を覚まし見回すと、思っていたよりも立派な駐車スペース。そこは、目の前の山並みが見渡せる展望スペースにもなっていたのであった。看板をみるとブナのマザーツリーがそこから300メートル。そもそもその時はまだマザーツリーの存在すら知らなかったので、夜なら全く気がつかずに通り過ぎてしまうところだったが、会いに行く縁だったのだろう。樹齢400年といわれる立派なブナの大木。そっと木肌に触れると、手からエネルギーが入ってくるかのようだった。どうして大きな木って、ただ手を触れるだけで安心するんだろう。温かみがじんわり伝わって、身体に入ってくるようだった。しばし見上げて、しばし佇んで、そこをあとにした。

漲る何かを感じつつ。落ちてくる朝露に濡れながら。

雨上がりの朝
ブナの森
命溢れる
葉のさやぐ
音に全身包まれて
埋もれて
深く息をはく

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