「甘くない“プリン”と甘い茶碗蒸し」

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 茶碗蒸しが好きだ。

 なぜかわからないが、あのほんわりと柔らかく、とろけるような食感と上品な出汁の香り、小さく切った蒲鉾や銀杏、エビなんかが入って、上にちょんと三つ葉なんぞが乗っている「茶碗蒸し」が子供の頃から無性に好きだった。

 いや、正確にいうと、小さな頃は嫌いだった。

 あれは確か、幼稚園の年長くらいの頃、初めてデパートのレストランらしき場所に連れて行ってもらった時のことだ。
 
 席につく前に店の前で少し待たされたのだが、子供ながらそれはまったく気にならなかった。なぜなら、色とりどりの美味しそうなものが並ぶシューウインドウに嬉々としてかじりついていたからだ。目に入るものすべてがカラフルに輝いていた。その中で一際光り輝いていたのが、ふた付きの小さな湯呑のような容器に入ったプリンだった。何十年も前の話だが、その感覚は今でも覚えている。「絶対、これ食べたい!」見た瞬間にびびびっときた直感は、三秒後に食欲へと変わった。その頃、家は決して裕福な方ではなく、仮に何かが欲しくて駄々をこねても絶対に買ってもらえないことはそれまでの経験上子供心にもわかっていたので、普段はあまり物をねだったりはしなかったが、その時は意を決してせがんだ。「これ、食べたい!」

 意外にも、拍子抜けするほど簡単にオーケーが出た。

 しばらくして運ばれてきた薄い青緑色をした綺麗な器。ショーウインドウの中で輝いていたものと同じ形だ。違うのは、ショーウインドウの中では、器の中身が見えるようにずらして置いてあったふたが、目の前のものはきちんと上に乗っており中身が見えないこと。でも大丈夫。頼んだものが来た。ほかの皿が運ばれてくるまで、しばしお預けだ。

 ほどなくして、皆の注文の品が揃う。いただきまーす。目の前にきらめく器に早速手を伸ばす。甘いプリンであるにもかかわらず、ご飯の始めに食べようとしてもなぜか怒られないことも、その時は気が付かなかった。

「あつい!」

 ふたを触った瞬間、手の指を襲ったのは熱だった。涼しげな色。美しい形。それにもかかわらず、ふたは熱かった。その器の中には冷たいプリンが入っているはずだったのに、なぜかその容器はアツアツだった。今思えば、その時点ですでに多少の疑念を抱くはずなのだが、いかんせん五歳の子供だ。頭のどこかで「あれ?」と思いつつ、再度チャレンジしてふたを取る。

「??」

 なんかスーパーのプリンと違う。緑の葉っぱみたいなのが乗っているし、色々なものが浮いている。でも綺麗な薄い黄色は同じだ。食べよう。

「いただきます」「ぱくっ。」

「?!!?!?!」

 ああ、かわいそうに。指を襲った「熱」の次に、いたいけな小さな少年に襲い掛かったのは「混乱」と「戸惑い」だった。それまで、おっとりと団地の片隅で過ごしてきて、混乱などとは無縁ののんびりとした生活を営んできた一人の少年の脳みそは混乱し、何が起きているのかしばし理解できないでいた。

 その味はあきらかにプリンではなかった。ふたが熱かったように、もちろん中身はアツアツで、全然甘くない。その上、プリンの上に乗っていた葉っぱみたいなものは苦かった。

「このプリン、おいしくない・・・。」

 そう、冷たくて甘いはずのプリンは、熱くて甘くない茶碗蒸しだったのだ。美味しくない上に、プリンだと思って茶碗蒸しを注文したのを知ってか知らずか、一口食べて美味しくないとさわぐのを見た周りの大人に笑われ、それ以来しばらくの間、茶碗蒸しが嫌いになったのである。

 時は流れて、中学二年生の頃、母方の祖父が亡くなった。ちょうど夏休みであったこともあり、家族総出でお通夜やお葬式に参加した。母は北海道の海沿いの小さな町の出身。朝一番の飛行機に乗り、お昼前には着いただろうか。毎年遊びに来ていた祖父の家は、普段の穏やかな雰囲気はどこへやら、みな慌ただしく駆け回っていた。お花や飾りが運び込まれ、近隣や遠方から人々がひっきりなしに弔問に訪れる。一日目が終わり、二日目が過ぎ、初めて体験する北の地の風習・習慣の連続に驚きを覚えつつ、お通夜、お葬式と滞りなく行われていく式に淡々と参加した。そして、最後の日に食事が振る舞われた。

 祖父の家ではいつもイカの刺身と茹でたジャガイモにバターと塩辛が定番。店に食べに行くこともなければ、出前を頼むこともなく、いつも祖母や母、伯母・叔母たちが作ってくれている料理を食べていたので、仕出しとはいえ、外の料理を意識して食べたのはこの時が初めてだった。

 ずらりと並んだお膳の上に、色々な料理が乗っている。詳しくは覚えていないが、煮ものや酢の物、焼き物、天ぷらなんかがあっただろうか。そして、お膳の角にちょこんと茶碗蒸しが鎮座していた。幼稚園の頃に嫌いになっていた茶碗蒸しも、小学三年か四年の頃に再チャレンジ。おそるおそるながらも、今度は甘くないものと認識して食べたためか大成功。出汁の味が元々好きだったのもあり、その頃には茶碗蒸しは好物の一つとなっていた。煮物や酢の物なんかに箸をつけた後、あまり冷めないうちにと茶碗蒸しに手を出した。

 ふたが熱いのだって知っている。ふたを取ると緑の葉っぱみたいのやらなにやらが乗っているのだって十分承知だ。やけどに気を付けてふたを取り、スプーンで一口すくい、口の中に持っていった。出汁の味を期待しながら・・・。

「!!!!????」

 またもや脳が驚いた。たった今、口に入れたものの味と、脳が期待していた味があまりに違い過ぎたのだ。あやうく噴き出すほどに。

 そう、出汁の旨味とほのかな塩気を期待して食べた茶碗蒸しは、驚くほどに甘かったのである。銀杏だと思って食べたものは甘い栗だった。そして、茶碗蒸しそのものも甘かった。それこそ、温かいプリンかと思う程に・・・。

 そばに座っていた伯父に聞くと、このへんじゃそれが当たり前なのだという。仕出し屋の人が、塩と砂糖を間違って入れたのかとも思ったのだが、そうではなかった。卵液を作る際に、トッピングとしてのせる栗の甘露煮のシロップを一緒に入れるのだそうだ。時にはさらに砂糖を追加して入れたりもするという。今思えば、甘いものが贅沢であり、極上のおもてなしであった時代の名残なのだろう。無論、中学生の脳裏には、時代と味覚のことについてまでは考えは浮かばなかったが、ショッキングな出来事であったのは確かだ。

北海道の茶碗蒸し

北海道の甘い茶碗蒸し。栗の甘露煮がトッピングされている。(南茅部)

 仕事で日本の各地を訪れると、それぞれの地にそれぞれの味覚があることを思い知らされる。全体的に甘い地域。辛い地域。異なる素材。異なる拵え。異なる調理。異なる調味。関東と関西で玉子焼きの味付けが異なるのは有名な話だが、甘いものが塩味だったり、逆に塩味のはずのものが甘かったりするものは、ほかにも沢山ある。

 自分の中で勝手に作り上げた「常識」とは違う味に遭遇したとき、いつもこの中学生の頃の「甘い茶碗蒸し」のことを思い出す。その後、「甘いプリンだ」という思い込みで「甘くなかった」茶碗蒸しに勝手に驚いた子供の頃の記憶に思い至る。そうして、そもそも「~の筈」というのが単なる自分の思い込みであったことに改めて気づかされるのだ。普段、自分が「常識」という名の思い込みにどれだけ縛られているか。思い込みという名の幻想にどれだけ縛られているか。それ以前に、縛られていることにすら気がついていないのかもしれない。そんなことに、ふと気づくのだ。

 ある文化について、よく知りもせず感情的に、頭ごなしに否定をするのは、愚かなことだという。文化的背景や、歴史や、そのほかの様々な事象に思いが及ばずに、自分の中にある「常識」という名の思い込みで、脊髄反射的に「異なる」ものを否定すること。確かに愚かなことだと思う。でも、思わず知らず、それをしてしまっている自分に気が付かされる。食文化は言うに及ばず、様々な文化、風習、習慣。それぞれの人が、それぞれに自然に身についているものを否定されたら腹が立つだろう。これが「普通」とか、あれが「当然」とか。「普通」「当然」「常識」などという言葉はまやかしに過ぎず、単に己の「エゴ」や「好み」にしか過ぎないのかもしれないのだ。それにもかかわらず、自分勝手な大義名分をひっつけて、「それははおかしい」「それは変だ」「それは間違っている」などと、大上段に振りかざす。なんと恰好悪いことだろう。

 そんなわけで、「甘くない“プリン”と甘い茶碗蒸し」を時々思い出しては、しばし反省をするのである。

 でも、やっぱり茶碗蒸しは甘くないのが「好み」だなぁ。

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